4話 結芽の夢

09.本人置いてけぼりの口論


 考察していると、不意に空間が揺らいだ。何事かと思って小さく悲鳴を上げると、その揺らぎから姿を現したのは見知った人物だった。

「トキ!?」
「何だここは……」

 どうやら第三の刺客が送られて来たようだ。最早隠しもせず、結芽の容が苦々しく歪む。どうやら、ミソギ自身を媒介に彼等は夢の中へ侵入しているようなので防ぐ手立てが無かったのだろう。
 ともあれ、現れたトキは部屋をぐるりと見回すと不快感も露わに鼻を鳴らした。本当に歯に衣着せない振る舞いである。

 険のある顔付きをした結芽はトキを前に苛立ちの籠もった声で呟く。

「あなたの事、知ってる」
「そうか、私は貴様の事なぞ知らんがな。誰だ貴様は」

 その答えを待たずして、久しぶりの再会を果たしたトキがミソギへ向かって訊ねてくる。

「おい、ここはどこだ? どう見たって一般人の使う部屋に見えるが」
「多分それそもののなんじゃないかと」

 結芽と対峙している傍ら、暢気にしているトキに事細かに状況を説明している暇は無い。ミソギは端的に現在の状態を述べた。
 聞いた途端、トキが初対面の人間から嫌煙される頭っからの否定を披露する。彼の取っ付きにくい性格を越えた先には新しい境地を見いだせるが、如何せんその垣根を越えられる者は極々少数だ。
 そして、結芽もまたその大多数の一人に過ぎなかった。

「気に入ったから閉じ込める? 幼稚園児の発想か? そんな下らない事で職務妨害をしないで貰いたい。やる事が幼稚すぎて耳を疑うぞ」
「ヒエッ……」

 久しく向けられなかった悪気は一切無い、だが正直過ぎる言葉に思わず息を呑む。それは結芽も同じで、言われた言葉を理解出来ないと言うように目を白黒とさせている。そりゃそうだ、普通に生きていれば初対面の人物から唐突に罵倒される事などそうそう無い。が、この状況的に当然と言えば当然なのだが。
 そんな呆然とした空気が漂う中、トキは容赦無く追い討ちを掛ける。恐らく自分が酷い事を言っているという自覚は無い。何故なら彼は一切嘘が吐けない性格で、吐き出す言葉の善し悪しなどいちいち吟味しないからだ。

「しかも、気に入った人間を自分の部屋に一生閉じ込めるなど、怪異では無く人間の――それも人攫いだか誘拐犯だかの発想と同じだな。犯罪者予備軍め」
「ちょ、ちょっとトキ! 言い過ぎ!! 言い過ぎだから!!」
「そうか」

 彼の言う事は尤もなのだが、尤も過ぎるし暴言の成分が強い。これ以上結芽を刺激すると、空間事消滅させられたり、あまり良い未来が見えないのでこの辺でトキを諫める。最近寝不足だと十束から聞いていたし、苛立っていたのだろう。
 ここにきてやっと結芽が暴言野郎の暴言からやや立ち直った。言われた言葉の数々がようやく伝達されたらしい。当然の反応だし、哀れにも思う。

「な、何よ……! 好きな人と一緒に居たいと思って何が悪いと言うの?」
「おいおーい……」

 まさか反論する気か? 嫌な予感が背筋を這う。案の定、意外にも負けん気が強い樋川結芽は結構な剣幕でトキに食って掛かった。相当言われた言葉達が気に障ったと見える。

「あなたの事、知ってるわよ。ミソギさんのオトモダチが入院している時に、恐くてお見舞いにも行けなかったんでしょう? とんだ臆病ものね。今だって本当は、ミソギさんが戻って来なかったらと思って震えているんでしょう? 恐ろしいのなら、尻尾を巻いて家でおねんねしていたらどう?」

 ――もう止めろ!!
 心中で絶叫する。今までの経験上、侮辱だの何だのの言葉をトキは看過しない。必ず口論になる。どうにか両者を諫めるべく言葉を探すが、急な出来事に上手く頭が回らない。というか特殊なケース過ぎてどうやって止めれば良いのか分からない。

 が、意外にもトキは心底意地悪そうな顔で笑った。これは怒りを通り越してブチ切れ顔なのではないだろうか。戦々恐々としていると、今度はトキが口を開く。

「おねんね? 貴様一人でしていろ。私以上にミソギそのものが臆病だ。貴様の怪異じみたやり方、好かれるどころか嫌煙されている。気付かないのか? 引っ込んでいなければならないのは貴様の方だ」
「何を……」
「奴はなかなかに腹黒で豪胆だ。貴様の想像している誰かはミソギなどではなく、全くの別人だな。さっさとそれを認め、目の前から失せろ、鬱陶しい」
「何なの急に……!!」
「話は前の2人から聞いている。随分と『週2日くらいセンターへ見舞いに来るミソギという女性』に執心のようだが……。ミソギに他人の面倒を見る器量は無い。他人とは誰か? 貴様の事だ、樋川結芽」
「…………」
「断言する。ミソギは貴様の為にこの何の生産性も無い夢の中に残るとは絶対に言わない。幸せな夢だけを視たいのならば、一人でやれ」

「そんな事無いッ!!」

 瞬間、今までに聞いた事の無いような金切り声で結芽が叫んだ。キンキンとした声は、耳からではなく直接脳に響いてくるようで、思わず頭を抱える。
 バタン、と勢いよく玄関のドアが開いた。ただし覗く風景というのは真っ暗で、その先、どこかへ繋がる為のドアではないのだと容易に想像出来る。その中へと、樋川結芽は半狂乱で飛び出して行ってしまった。突然の事に追いかけるという思考回路すら置いて行かれる。

「え、な、何なの……!?」