4話 結芽の夢

08.次の夢番


 ***

「――っていう流れになってるっす」

 支部のロビーにて。南雲はアプリを見るのを面倒臭がるトキに、現在のアプリでの情報やり取りの流れを掻摘まんで説明していた。こうでもしなければ彼は新しい情報を入手出来ないからだ。しかし、それでも誰かがこうやって彼に新しい情報を吹き込むのだから、トキは究極の女王様体質なのかもしれない。

「で? 結局、十束の奴は強制送還され、特に役に立たなかった話か」
「いや、それはあんまり重要な話じゃないっすね。どっちかっていうと、識条美代の件の方が大事だと思います」
「しきじょう……?」
「また!? また忘れたんすか、先輩! ほら、あのホラー作家の! 先輩に纏わり付いて来てたじゃないすか!」
「ああ。いたな、そんな奴も」
「興味うっす!」
「南雲、識条美代についてはお前が調べろ」

 唐突な丸投げ発言に南雲は目を白黒させた。てっきり、一緒に図書館へ繰り出すものかと思っていたからだ。

「えっ、俺一人で? ぶっちゃけ、資料探しは先輩の方が得意っすよね。俺、活字読むの嫌いだし」
「私は次の夢番だ」
「あ、ミソギ先輩に会ってくるのか。なら仕方無いな……」

 誰か適当に同行をお願いするか、と考えて親密な人間が2人とも出払っている事に気付く。交友関係は広く浅く、時折超深くが信条だ。その深い仲の先輩2人はいないし、誰に声を掛けていいのか分からない。
 というか、このまま放っておけば白札の面々が識条美代については調べてくれそうだ。彼等は何故か除霊より、人物特定とかの方が得意だし。

 ともかく任された仕事は真っ当しなければ。例えアプリに頼ったとしても、トキが戻って来た時に正確な情報を提供する事が自分の役目だ。

 ***

「くそぅ……ドアも開かない……!!」

 ミソギはガチャガチャと室内を物色していた。外へ出るならドアからだろう、とドアを開けようとするもそもそも向こう側の無い――ただドアを模した飾りか何かのように動く気配が無い。この外に関する知識は結芽の中に無いのだろう。
 仕方無いので配置してある家具やら何やらを調べるも、中身は空。彼女は持ち物がそもそも無いらしい。こんな生活感の欠片も無い部屋、はやいところ撤退してしまいたいものだ。

 焦るミソギを余所に、結芽はやはり上機嫌だった。或いは彼女のやりたかった事こそが、今この現状なのかもしれない。こんなものに何の価値があるのかさっぱり分からないが。

 力業で脱出を諦め、こちらの様子をニコニコと見守っていた結芽へと視線を移す。間違いない、この夢は――この異界は人間であるはずの、彼女のものだ。であれば、脱出の糸口は彼女にある。
 気は進まなかったが、仕方無く声を掛けてみた。

「ちょっと聞きたい事があるのですが」
「何でも聞いて頂戴ね?」

 漂う余裕感。それを無視し色々と辻褄の合わない部分を答え合わせする。

「結局の所、これは結芽さんの夢って事なんでしょう? でも、夢は視ている人の記憶を反映するもの。センターはともかくとして、支部の中はどうやって作ったの?」
「私の協力者が写真を撮って持ってきてくれたの」
「写真……」
「今時、みーんなマスコミみたいな時代でしょう? 手には肌身離さず持ってるカメラの付いたスマホを持って。室内撮影禁止なんかにしない限り、内部なんて案外バレバレなのよ、ミソギさん」

 ――まあ確かに、支部の深部には行かなかった。ロビーだけなら撮影したところで、誰も気にも留めないだろう。それにロビーは一般人が依頼をしてくる場所でもあり、一般人が彷徨いていて何ら不思議は無い。
 恐らく、霊障センターの1階や2階も同じ手口だと思われる。何せ、結芽の居城は3階だ。
 それにしても、と残念そうに結芽は溜息を吐いた。

「やっぱり、あなたの自宅を再現する事は出来なかったわ。除霊師が住んでいるマンションって、警備が厳しくて」
「ひっ……」

 ――私の家も撮影しようとしてたの!?
 完全に犯罪である。しかし、幸いな事に色々と人ならざる者と関わってしまう除霊師だ。どうしても一般人とは隔絶された、仕事寮のような場所に住みざるを得ない。
 そして当然、そういった観点から見て警備員は多く配備されているのだ。それは、一般人の立ち入りを禁じるだけではない。除霊師側が、一般の友人などを連れ込んでしまうのを防ぐ為の措置でもある。

 だから一つだけ言える事は、結芽の協力者とやらは変わらず識条美代単体の可能性が高いという事。除霊師であれば何の問題も無く、マンションのロビーを通過出来たはずなのだから。