10.手掛かり探し
室内に静寂が戻って来る。当然、飛び出して行った結芽は戻ってこないからだ。仕方が無いので、現れてすぐ異界のヌシに暴言を吐き散らかしたトキに話を聞く。
「トキが私の夢番だったんだね。というか、前から私の事をそんな風に思っていたの?」
「そうだな」
「マジかー」
ちら、とトキがこちらを向いたので不意に目が合う。何だろう、機嫌が良さげだ。綺麗な唇が薄く弧を描くのを見てしまい、思わず息が止まる。
「だが、それがどうした。そんな事実があったところで、お前が私の友人である事に変わりは無い」
――ひえええええ……!!
急な柔らかい発言に度肝を抜かれる。何だろう、彼は夢の中で自分を殺しに来ているのか? 逆に怖すぎる。
胸の辺りを押さえていると、トキ自身は大した事を言ったつもりが毛頭無いらしく次の話題へと移る。さらっと流された言葉こそが彼の本心。ミソギの脳内は荒れに荒れた。
「奴がいなくなった事でドアが開いたな。外に出てみるか? と言っても、あの様子だ。どこへ辿り着くかは知らないが」
「えっ、あっ、そ、そうだね。ここにずっと居る訳にもいかないからね……!!」
脳に冷静さが満ちてくる。冷静になった頭で開けっ放しのドアを視界に入れた。やはり、広がるのは闇のみでどこへ辿り着くかなど見当も付かない。とてもじゃないが、あの中へ足を踏み入れる勇気は出そうに無かった。
表情を曇らせたミソギはトキに訊ねる。知りたいのは、この男が何の根拠を持ってこの外に出ればどこかへ辿り着くと思っているのかだ。
「ねえ、トキ。どうしてこの先が、『どこか』に繋がっていると思うの?」
「これが樋川結芽の夢ならば、この先が真っ暗で何も無いのはこの先に続く道が無いからだ。雨宮達の話を少々聞いていたが、今の所存在が確認されている場所は3カ所。ここを加えて4カ所になる」
霊障センター、支部、学校――そして、この部屋で4つか。そういえば、写真を見て夢の間取りを作っているようだった。この部屋は上記3カ所のどこにも接続出来ない地点にあるのであれば、ドアの外の空間が無いのは自明の理である。
「うんうん、それでそれで?」
「つまり、ここを突き進めば確認されているこの部屋以外の3カ所、そのどこかに繋がっている可能性が高い」
「ああ、存在している場所にね。……ちょっと待ってよ、どこにも繋がっていなかったらどうするの?」
「問題無い。例えそうであったとしても、お前は樋川結芽に執着されている。その内、向こうの方から救出に来るだろうよ」
「成る程ね。その理論で行くと、トキは放置される可能性があるな……。ハンカチとか持ってない? お互い、はぐれないように手首でも縛っておく?」
「どうやって結ぶんだ、それ。必要ない、必ずどこかに繋がっている。行くぞ」
「あ、ちょっと!」
すたこらさっさとドアへ向かって行くトキを慌てて追いかける。何だかこういう感じ、非常に久しぶりだ。
***
南雲はトキと別れた後、リクエストに上がっていた識条美代について調べていた。というか、白札達が調べた情報を元に霊障センター1階の受付へと辿り着いていた。
というのも、当然センター勤務の白札も居る訳で、そんな仲間からセンターで識条を見掛けたというタレコミがあったのだ。灯台下暗し、自分以外の誰も居ないのが少しだけ不安を煽るが致し方ない。
そんな訳で一度は離れたセンターに舞い戻って来た南雲は情報提供をしてくれた白札看護師と接触していた。
「もう帰っちゃいましたかね?」
南雲の問いに白札は首を横に振り、小声で教えてくれる。
「そっちのベンチに座っている女性がそう。丁度さっき、3階に誰かの見舞いに行って、戻って来たみたい。まあ、お見舞いと言うよりネタ集めなんだろうけど……」
「マジか。了解っす。ちょっと話し掛けてみます」
やっと何か事情が分かる者から話を聞けそうだ。
久しぶりに識条美代の姿を視界に入れる。何やら、老人と話をしているようだったが、割って入るしかないだろう。