04.ショートメール
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その後、どうにか外に出ようと色々試してみたが、結果としては徒労に終わった。
まずガラスを割る事は不可。椅子で殴ろうが何をしようが、傷一つ入らなかった。これはそういうものなのだろう。現実と異界の理は違うのだ。
そして、ドアを無理矢理こじ開ける事もかなわなかった。まるで固定されたかのように、ドアはびくともしなかったのだ。梃子の原理を応用してみたりもしたが、まるで効果無し。
「なんかこう……除霊師をやっていると、いつもどこかに閉じ込められるよね」
「まあ、確かに異界だ何だと閉じ込められるが。今回は範囲が広いな、ミソギ。何せ夢の中だ」
「夢の中に閉じ込められて、更に建物の中にも閉じ込められるって。マトリョーシカみたいだなあ」
「はっはっは! 発想力が豊かだな!」
笑う十束に対し、笑い事じゃねぇよと思ったが疲れたので口にはしなかった。我ながら精神的に疲れが溜まっているのを感じる。このままでは過労死してしまいかねない。
「しかし、いつまでもこうしている訳にはいかないな。一先ず、みんなの意見を聞いてみる」
「アプリで? じゃあ、私は待っておこうかな。何だか疲れたし」
アプリに視線を落とした為、十束が静かになった。が、代わりにそれまで十束の明るさに圧されていた結芽が喋り出す。雨宮の時には積極的に絡んで来た彼女だったが、十束と変わってからは何だか静かだ。苦手なタイプなのだろうか。
「私達、ここから出られないの?」
「今ちょっと方法を探しています。すいません、手際が悪くて」
「けれど……、もしここから出られなかったとしても、私がいるわ。安心してね、ミソギさん」
「はあ……」
――いや、居るから何なの?
そう思わざるを得なかったが、あまりにも冷たい感想に自分でも驚く。こんな事を口にしようものなら、巻き込まれ一般人の傷口に塩を塗りたくるようなものである。ともあれどう反応してよいかさっぱり分からないので、笑って誤魔化した。
微妙な空気になったが、ここにきて空気をまるで読まない十束から助け船が出される。出される、というか普通に話し掛けて来ただけだが。
「おーい、ミソギ。俺は少し上の階を見て来てみる。何かあるかもしれないからな! 悪いが、1階でドアが何かの拍子に開かないか見ておいてくれ」
「え、一人で行くの? ……危ないよ」
「ああ、気にしないでくれ。それより、俺はスマホを見ている暇が無いからアプリを見ておいてくれないか」
「いやいやいや、危ないって」
ミソギさん、と結芽からしっとりと呼ばれた。
「十束さんもこう言っているし、私達もここで待っておいた方が良いんじゃないかしら?」
「……でも」
「ミソギ! 必ずアプリを見ておいてくれ! 頼んだぞ!」
アプリをあまりにも推してくる。まさか、これに何かあるのか? そう思って怪訝そうな顔をしつつも十束の表情を観察。見られている事に気付いたのか、彼は神妙そうな面持ちで一つ頷いた。
やはり、3階まで見て来ると言うのは単なるフェイクで、真意はアプリの中にあるのだろう。
「……分かった。じゃあ、気を付けて」
「ああ! そっちも気を付けて行動してくれ!」
片手を挙げた十束は颯爽と階段の向こう側へ消えて行ってしまった。
まずは彼の言いつけ通り、アプリを覗いてみるとしよう。邪魔されては堪らないので、一言結芽に理を入れる。
「ちょっとお仕事の関係で、報告を見るから待っていてください」
「ええ。分かったわ」
一先ずその辺のソファに腰掛ける。結芽もまた、ミソギの真向かいに腰を下ろした。それを観察しつつも、アプリを起動――しようとして、手を止めた。
十束からショートメールが来ている。成る程、アプリもそうだが、このメールを確認しろという意味だったか。
ざっと目を通してみると、結芽に確認をして欲しい事が書かれていた。
1つ目、怪異の出所を。2つ目、結芽の日常生活について。しかも、十束からの添え書きとして『樋川結芽はお前に懐いているみたいだから、このくらい聞いても逆上したりはしないはずだ』と添えてある。
――いや、流石に地雷を踏んだらマジおこでしょ。
そう思ったし、正直難易度が急に跳ね上がった気もする。恐らく気のせいでは無いだろう。