4話 結芽の夢

03.十束からの新情報


「そういえばミソギ」

 移動中。不意に十束が真面目なトーンで話し始めた。

「トキがお前を心配していたぞ。もう数日経っているが、ほとんど不眠不休で色々と調べ物をしているようだ」
「うわ、本当? 悪い事したなあ……。今すぐ死ぬ、って事は現状無さそうだし、戻ったら休むように伝えておいてくれる?」
「ああ、伝えよう。ミソギは一応元気だったと!」
「いやあ、トキがそんなに私の事を思ってくれていたなんて。感激だなぁ」

 頭の片隅で彼らしくない行動に疑問を抱きながら、十束の言葉に相槌を打つ。全面的にトキについて傾いていた思考は、十束の次の言葉によって急速に現実へ引き戻された。

「トキの奴も、表面上は冷静そうだったが実際はかなり狼狽えていたな。お前達、仲が良いから」
「……狼狽えていた、ねえ」

 あまりそんな彼の姿は想像出来ない。常に何を考えているか分からない、愚直過ぎる程の性格。人間離れし過ぎた彼の清すぎる思考が常人のそれに当てはめられるなど。それではまるで――

「トキにとって、ミソギは同期とは違う枠で大事な存在なんだろうな!」
「トキは交友関係において、好きか無関心かしか無いと思うよ。順位なんて、付けるようなタイプじゃないし」
「はは! そうだな!」

 こちらの言葉を軽くいなした十束は歩を早める。
 追いかける背中を見て、不意にアメノミヤ奇譚の件が脳裏を過ぎる。そうだ、十束に謝るのならば、今、このタイミングしかないのではないだろうか。この夢がいつ覚めるのかも分からない以上、今彼がいるこの瞬間にしか謝罪の機会は無いかも知れない。
 そうなると居ても立っても居られなくなってきた。この鉛のように思い罪悪感を一思いにぶちまけてしまいたい。分かっている。十束はそんな事で怒ったりしないし、むしろ励ましてくれるだろう。

「あのさ、十束――」
「ミソギさん」

 プライベートな話をしようとしたところで、それまで存在をすっかり忘れていた樋川結芽が割り込んで来た。正しく狂っていた思考が、急速に冷めていくのを感じる。そうだった、ここに十束と二人きりでいる訳ではないのだった。

「あ、どうかしましたか?」
「えぇっと、結局の所、ミソギさんと十束さんの関係性は?」
「え? えー、同期? うーん、友達ともいうかな」

 一瞬、考えている事を読み取られたのかと錯覚するような、妙に核心を突いた問いに返事を窮する。というか、自分と彼の関係性というのは言葉に起こすのが難しい。同期というには親密だし、友達というには殺伐としている。
 しかし、ミソギの返答に飛び上がって喜びを示したのは会話に入っていなかった十束だった。

「ミソギ! お前、俺の事をちゃんと友達だと認識していたんだな! 嬉しいぞ!!」
「ええい、暑苦しい! やっぱり友達ではない!!」
「はっはっは! そういう所があるなあ、ミソギは!」

 ――あ、何かもうこれ、奇譚の話をする空気じゃないな。
 今までの夢内部探索モードから一転。緊張感も締まりも無い空気となってしまった。ここからシリアスな話題に持ち込むのは難しいだろう。というか、血迷った事をしようとしていたがここは謝罪の場としてはあまり相応しいと言えない。

 そうこうしている内に、ようやく1階へ辿り着いた。面子のせいか、3階から1階へ下りただけだというのに凄く疲れた気がする。先が思いやられるばかりだ。

「誰もいないね」

 相も変わらず無人のセンターロビーを前に、結芽がぽつりと呟く。その呟きは室内に反響する事無く、吸い込まれるようにして溶け消えた。無機質な壁の中ではなく、巨大な何かの胃袋の中にでもいるような錯覚を覚える。異界特有の空気を前に、緩んでいた空気が再び引き締まった。

「ところでミソギ、実はある程度必要になりそうな物を持ってきたんだが」
「物? 例えば?」
「霊符を3枚、今持っている。恐らくこれをお前に譲渡する事は出来ないだろうから、積極的に使って行こう。雨宮の報告によると、外部から夢の中に入る際、物を持って入ると異界で反映されるようだ」
「本当? じゃあさ、十束。次の人にもお役立ち道具持たせるように言っておいてよ」
「ああ! 任せろ! だが、よくよく考えてみればミソギは霊符は要らないな!」

 現状では使い所が無さそうだが――

「……あれ?」

 霊符の使い道について考えながら、センターを出る為の自動ドアの前に立つ。それは何らおかしくない、当然過ぎる程に当然な行動だった。
 しかし、確か最初に外へ出た時はすんなり通れた自動ドアが、開かない。センサーに認識されていないのかとあらゆる角度を試してみるが、全く開く気配が無い。

「先手を打たれたか?」

 渋い顔をした十束が呟いた。