3話 現実への干渉

07.雨宮の動向


「ミソギに、雨宮がそちらへ行くかもしれないと伝えろ」

 すっかり伝達係となった南雲は今更疑問を覚える事なく、トキの言う通りに文字を打ち込む。赤札同士の話となりつつあるからか、先程まで騒いでいた白札達は空気を読んでレス数をぐっと下げてくれたようだ。

『先輩、今、雨宮さんが先輩の病室で眠ってみるっていう企画やってるんすよ。もしかしたら、雨宮さんと会えるかもしれねぇっす』
『本当? まだ会ってないけど、それならちょっと安心するわ』
『ところで、俺等に何かやっておいて欲しい事とかあります? 相楽さんに相談した上でって事になるけど、一応伝えますよ』

 考えているのか、ミソギの返信が止まる。ややあって、返って来たのは特にないという一言だった。

『ちょっと今は考え付かないから、何か思い付いたらアプリに上げとくね』
『うっす。了解っす』

 トキに今までの会話の経緯を伝える。彼は少し考えた後、不意に訊ねた。

「アイツは今、どこで何をしている?」
「そういやそっすね。何してるか訊いてみます」

『先輩、ちなみに今は何してるんすか?』
『何か南雲と初めて出会った七不思議の学校の木造校舎にいるんだけど、行くあても無くて、ただ怪異から結芽さんと逃げ回ってる』
『樋川結芽の事っすね。どうっすか? 何か変な感じとかします?』
『いや、一般人だと思う。攻撃性も無いんだけど、ただちょっと空気が。何て言えばいいのか分かんないけど』

 流石のミソギも違和感は覚えているようだ。彼女は要注意人物なので、出来れば離れて欲しいが追いかけっこに発展するのも危険なので、特に危害を加えてくる訳ではないのならそのままにしておいた方が良いのかも知れない。
 一先ず、念の為ミソギにも氷雨の真相を伝えておいた。返って来た文章は淡泊で、薄々その事に気付いていたのかもしれないと思わせるには足るものだ。

『結芽さんの件についてはちょっと心当たりあるかも。気を付けとくね。あと、アプリの進展についても相楽さんに伝えておいて欲しい』

 当然と言えば当然の発言に、南雲は気安く返事をした。

 ***

「いやあ、久しぶりだなあ」

 誰に言うでもなく、雨宮は呟いた。手には大きなバッグを持ち、その視線は部屋番号――ミソギの入院している、301号室を見据えている。

 そう、これから同室で眠り、ミソギと会えるかどうかの実験を実施するのだ。勿論、ミイラ取りがミイラになる可能性も大いにあり得るので大人数の投入は不可。まずはかつて、夢騒動をミソギと共に起こした自分が抜擢された。
 望むところだ、と気合いを入れる為に愛用の枕も持参。爆睡して数時間は夢に居座る気満々である。

 ミソギは眠っているので、ノックする事無くスライド式のドアを開けた雨宮は、準備されているソファベッドにすぐ気付く。

「ここで寝ろって事だね」

 靴を脱ぎ、ソファベッドへ横になる。そこで自身の準備が万端であるかどうかを確認しようとポケットに触った。いつも使っている、支給品のスマホの存在に安心感を覚える。
 時刻は16時。さあ、夢の世界へ行こう。
 雨宮はその目蓋を下ろした。

 ***

 ミソギは相も変わらず、樋川結芽と共に校舎内を彷徨っていた。怪異の力は当時よりずっと弱まっているものの、それらをトレースしたかのような動きには嫌な思い出が蘇ってくる。
 思わず溜息を吐きながら、止まる事無く校舎を徘徊する様はどちらが怪異だか分からなくなってくるようだ。

「玄関まで辿り着いたね」

 結芽がぽつりと呟く。一先ず下駄箱まで戻っては来たものの、ピッタリと閉ざされた出入り口は人間を外に出すのを固く拒んでいるかのようだった。

「念の為、もう一度開いてないか確認してみますね。校舎はその、不気味だし」
「そうね……。何だかミソギさん、顔色が悪いみたいだけれど」
「こういう不気味な場所、苦手で」
「私も気が滅入ってくるわ」

 そういうレベルではなく、恐怖で今にも足が震えだし、動けなくなりそうといった意味合いなのだが。それを伝えたところで一般人を恐怖に怯えさせるだけなので黙っておいた。

「――ん?」

 やっぱりドアが開かない事を再確認させられていると、不意にポケットのスマホが振動した。アプリから通知が来ている。
 誰かから緊急の連絡のようだ、とミソギは通知からアプリを開いた。

「あ、雨宮からの個人メッセージだ……」

 そういえば、先程南雲が言っていたような気がする。慌てて中身を見ると、彼女は既に夢の中に入ってきているようだった。

『ミソギ、今どこにいるの? 私も校舎内にいるけれど、流石に広すぎて無闇に捜しても会えなさそう』
『今は玄関付近に居るよ』
『分かった。合流しようか』
『了解』

 ――やった、雨宮と合流できる!
 心中でガッツポーズを取る。これでやっと、自分以外に頼れる人間と合流出来る訳だ。胃が痛くなるような現状ともおさらば。しかも、知識力のある彼女なら現状を打開する方法を思い付くかもしれない。
 安堵の溜息を吐きながら、状況について行けていない結芽にこの朗報を伝える。彼女も、ビビり除霊師一人と行動するより頼もしい仲間が一人増えてくれた方が心強いだろう。

「そうなの……」

 しかし、それを伝えた結芽の反応はいやに淡泊だった。