3話 現実への干渉

08.オトモダチ


 ***

 程なくして雨宮と合流した。彼女はすぐに学校の玄関を見つけ出し、わざわざ待っていたミソギ達を迎えに来てくれたのだ。これぞ雨宮、この行動力こそが彼女の彼女たる所以だろう。
 頼もしい同期の登場で不覚にも胸をときめかせながら再会を喜ぶ。

「雨宮!! 合流してくれてよかった、本当に!」
「相変わらずこういうの苦手なんだね、ミソギ。まあ分からなくもないけれど。ここ、本当に怪異が多い。夢なのにとても不思議だよ」

 どこか含みのある言い方だったし、彼女が現状を訝しんでいるのも頷ける。しかし、まずは初対面の結芽との紹介が必要だ。
 置いてけぼりだった結芽に視線を移す。移して目を疑った。
 見かけで判断するのはよくないが――彼女はどう好意的に解釈しても、雨宮の登場を全く喜んでいないどころか、やや不機嫌そうな顔をしている。それは今まで彼女と行動を共にしてきた中で初めて見る負の感情を写した表情だった。

「あーっと、結芽さん? こっちが同期で友達の雨宮なんだけど……」
「はい。お話はミソギさんから聞いていたわ。私は樋川結芽。よろしく、雨宮さん」
「どうも」

 見せ掛けだけの握手を交わす2人。気まずい空気に思わず沈黙していると、その気まずさを微塵も感じさせずに雨宮が口を開いた。

「さあ、グズグズしていられないな! 私達、支部の役目はミソギを叩き起こすことだからね。まずはこの、夢とは何の関係も無さそうな校舎からはお暇しようか」
「でも雨宮、玄関も見ての通り閉まっちゃってて、出口が無いんだよ」
「取り敢えず、力尽くで行けそうかだけ確認してもいい?」
「はーい」

 雨宮がドアの閉まり具合を確認しに行く。これが霊的な要因で開かないとなると、彼女の言う通り力尽くでは通れないのだろう。
 果たして、自ら調査へ赴いた雨宮はすぐに戻ってきた。

「これは無理だね。何か霊的なものの鍵が掛かっているんじゃないかな」
「それじゃあ、まずは校舎を探索してみる? 私、怖くてあまりちゃんと見てない所とかあるし」
「それがいいね。ところで、私はここに初めて来たのだけれど、あまり役に立たないかもしれないね」
「そういえば、この時は雨宮いなかったもんね」

 構造を知っているのはトキや南雲あたりだ。奇跡的な人選ミスだが、この際知り合いなら誰がいたって心強い。
 仕方無いので当時の記憶を無理矢理呼び覚ます。

「……そうだ、踊り場の鏡」
「鏡? 踊り場と言えば、あの大きな鏡だよね。どこの学校でもあるのかな?」

 全ての学校に設置されているのかは不明だが、この校舎には大きな鏡があったはずだ。どの踊り場だったのかは忘れたが、カミツレ達の報告によると全く別の異世界へ繋がっていたとか。
 その旨を雨宮に説明すると、彼女は大きく頷いた。

「可能性はあるね。どこかへ移動する為の通路として開かれている可能性があるよ。早速行ってみようか」

 ***

踊り場まで移動してきた。別の踊り場へ行ってしまい、階段を何往復かする羽目になってしまったがやっと辿り着けたらしい。

 鏡は曇っており、写すべき物を全く写せていない。それに映り込んでいるのは本当に自分なのか、そんな漠然とした不安に襲われるかのようだ。
 不気味さを物ともせず、雨宮が鏡に手を伸ばす。

「さて、どんなギミックがあるのかな?」
「心臓に毛でも生えてるのかな、雨宮。私は迂闊にそんなもの触れ――」

 雨宮が鏡に触れた瞬間、まるで水面に手を突っ込んだかのように鏡が波打った。ぎょっとして身構えるも、時既に遅し。ぐんっ、と見えない強い力に引き摺られるように蹈鞴を踏んだ彼女の腕を慌てて掴む。
 が、引き摺られる力は弱まる気配が無い。そのまま、2人一緒に鏡の中へ頭から突っ込んだ。

「――私の病室ね」

 それまでずっと黙っていた結芽の声で我に返る。成る程確かに、そこはセンターの病室だった。302号室。
 肩を竦める雨宮。

「振り出しに戻った訳か。まあ、あの気味の悪い校舎にいるよりずっとマシかな」
「そうなのかなあ」
「ところでミソギ。私はそろそろ目が覚める時間みたいだ。君は目を覚まさずにずっと眠っているけれど、私達部外者はそうじゃないみたい。意識が浮上するのを感じるよ」
「えっ、嘘、行かないで!」
「大丈夫。私は戻ったらすぐに夢の世界に行ける事をみんなに伝える。次がすぐに来るはずさ」

 言いながら、雨宮がそっと紙切れを手渡してくる。それが隠密行動を意味する行動だったので、ミソギもまたそっとその紙を受け取った。

「じゃあね、ミソギ。次は現実で会えると良いのだけれど」

 そう言って雨宮が笑った瞬間、彼女は最初からこの世界に存在しなかったかのようにパッと消えてしまった。
 残された紙片に視線を落とす。これは何を伝える為の紙なのか。

 ――『結芽には気を付けろ』。
 短いながらに予想していた言葉。やはり、唯一の同行者とはいえ彼女に心を許すのは危険らしい――

「ミソギさん」
「え?」
「お友達がたくさんいるのね?」

 そう言って笑った彼女を前に、何故か背筋が凍る思いをした。何かとても危険な匂いを感じたと言えばそれが正しいだろう。
 ――早く次来て!!
 誰が派遣されてくるのかも分からない状況だが、そう心中で叫ばずにはいられなかった。