3話 現実への干渉

06.研修時代の教訓


 ***

 南雲は今回の会議で決まった事について思考を巡らせていた。
 先程の打ち合わせで、ミソギの病室に赤札を1人置く事が決定した。それそのものに不満は無い。初回は精神が最も安定している、という理由で雨宮が投下される事となったが、それも特に問題は無い。

 しかし、残された自分は何を探せば良いのだろうか。怪異からミソギを解放する為の足掛かりはゼロに等しかった。唯一関連性のありそうな樋川結芽もミソギと同じく昏睡状態で当然話が聞ける状態ではない。
 ミソギをセンター送りにした怪異も消滅してしまっているので、その線から何かを割り出す事も出来ない。氷雨の証言も意味不明で、何かに役立つ程点と点が繋がっている状態では無いと言える。

 考え込みながら、隣を歩くもう一人の先輩、トキを見上げる。相変わらずのポーカーフェイスではあるがミソギが眠ってしまってから見るからに元気を失ってしまったのは確かだ。

「トキ先輩、俺等は何を探せばいいんすかね? 通常業務もあるし、下手な事はしない方がいいんですかね?」
「どうだろうな。ただ……今回の異界が夢の中と言うのであれば、夢に入る方法を見つけるか夢の発生源を絶つしかないだろう」
「そりゃそうっすけど……。夢の発生源つったら、樋川結芽以外無くないっすか?」
「そうだな」

 あまりにもスパッと肯定の言葉が戻ってきてしまい、思わず閉口する。その躊躇の無い返事に言い知れない不安感が膨らんだ。

「ちょ、先輩。無いとは思うんすけど、変な事は考えないでくださいよ。樋川結芽は怪異じゃなくて、人間なんすからね」

 ふん、とバカにしたように鼻を鳴らされた。先輩がガチ犯罪者になる前に、どうにかミソギを起こさなければ。怪異以外の恐怖が背筋を駆け巡る。

 慌てて南雲はスマホを取り出した。とにかく、情報の宝庫であるアプリからミソギの手掛かりを探すしかない。所詮世の中は人海戦術だ。
 新たな情報が載っていないかと、お気に入りを付けていた今回の専用ルームに入る。入って、思考が止まった。

「な、なんだ……!?」

 阿鼻叫喚。蜂の巣でも突いたかのように白札達が次から次へと思い思いの吹き出しを吐き出し続けている。前まで遡るのが大変なくらいだ。呆然と手を止めていると、すぐに騒ぎの種が何であるのかが分かった。
 ――驚くべき事に、昏睡状態のミソギがアプリ内に浮上している。
 十分にホラーな光景ではあるが、流石の南雲も先輩と思わしき相手に明確な恐怖は抱かなかった。それよりも、もし本物であるのならやり取りが出来るかもしれないという希望すらわき上がってくる。

 しかし、何を揉めているのか不明瞭なので話の流れを追ってみた。

『さっきの白札、組長に相談しに行ったの?』
『いないっぽいね』
『つか、絶叫さんも一時いなくね? 結局、本物なんかな?』
『ミソギ:今戻りました』

 どうやら自分がアプリを開く少し前まで、ミソギはアプリを閉じていたようだ。彼女が帰って来たとアプリで公言した為、二度目の炎上を迎えているらしい。今はやる事が無いのか、本物である事を証明しようとしているのかミソギのレスが早い。
 どうするべきか迷った挙げ句、トキに一先ずミソギと意思疎通が可能である可能性があると伝える事にした。

「何? アプリで会話が……?」

 話を聞いたトキは明らかに半信半疑と言った顔をしている。どうするべきか、南雲自身が迷っていると彼から新しい指示を出された。

「おい、2個、3個質問をさせろ。まずは――」

 トキの満足のいく回答が一切分からない質問を2つ並べられる。答えを考えるのは自分の役目ではない、と早急に言われた言葉をそのまま打ち込んだ。一応、ミソギ(仮)にはトキからのメッセージも添えて。
 返事はすぐに来た。答えが意味不明だし、やり取りを見ていた白札達も困惑しているのが伺えるが、その返事を見た質問者は納得したようだった。

「ミソギだな」
「何すか、今の内容……」
「研修時代に作らされた。それぞれの年代によって、回答内容が変わる。お前も作ったはずだぞ」
「……あー、そうだったかもしれねっす。でも、俺の世代は赤札は俺しかいなかったし、使う機会無いんでもう忘れたけど」

 トキに盛大な溜息を吐かれた。