05.生存報告を伝達
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何とか廊下の生首を撒く事が出来た。やはり、夢の世界と言うだけあって昔に相対した時よりもずっと弱々しい存在だったと言える。それが、ミソギ自身が成長してそう感じたのか、はたまた夢だったので情け容赦してくれたのかは不明だ。
廊下の先を胡乱げな目で見つめる結芽が首を傾げる。
「さっきのは何?」
「ああ、あれは――」
かつてあった事をかなり掻摘まんで説明した。それを聞き終えた彼女は満足げに頷く。
「ミソギさんは物知りね。凄いわ、よくそんな事を覚えていられるわね。あなたがいなかったら私、今頃あの生首の餌食になっていたかもしれない」
「ええ……。いやそこまで言われると、何だかアレな感じですね」
返事に窮していると、不意にスマホが振動した。メールの着信だ。慌ててポケットからスマホを取り出し、画面に視線を落とす。
三舟にメールを2通も送っていたが、その返事が来たようだ。
『ルームには参加して良い。現状を上手く説明できるのであれば』
簡潔にそう書かれたメール。三舟自身は本当にどちらでもいいと思っているのが手に取るように分かる。参加しようがしまいが、彼は頓着しない事だろう。
現状を上手く説明出来る自信は無い。しかし、生存している事だけは伝えておかなければ――雨宮の時のように打開策が見つかるまで放置されかねない。そんなのは困る。
「結芽さん、ちょっとスマホで生存報告だけでもしたいから、少し待っててください」
「……分かったわ」
結芽が心細そうに同意した。あまり長く待たせると悪いので、アプリを立ち上げてルームに入る。
そして、絶句した。
赤札が話をしている事を示す、赤い吹き出しは無い。代わりに暇なのか、白札達が言い争いにも似た論争を繰り広げていた。考察班などと呼ばれる彼等はあまりの情報源の少なさに憶測での推理ショーを行っているようだ。
無秩序なトークルームに思わず文字を打つ指が止まる。何と言って割って入れば良いのか。赤札達がこのルームを見ているのかも怪しい。
だが、これ以外に仲間達に生存を報せる方法は無い。仕方無く自身の情報を打ち込み、出来るだけ蜂の巣と化しているルームを刺激しないように慎重に言葉を選ぶ。
迷った末、簡潔に相楽へ生存報告だけをお願いする文章が出来上がった。違う緊張感に襲われながら、その文章を投下する。
「うわぁ……」
途端、やはり蜂の巣を突いたかのように炎上しだしたルームトークにミソギは思わず溜息にも似た声を吐き出した。ある者は赤札の言葉を疑い、またある者は怪異の仕業だと騒ぐ。同時に生存報告だと信じてくれる者も一定数いるようだ。
数名がいっぺんにこちらへ対する本物かどうかの問いかけを投げかけてくる。しかし、彼等に私の何が分かると言うのだろうか。会った事も、見た事も無い人物達に自分の個人情報を示したところで時間の無駄だ。
早くもうんざりした気持ちになりながら、問いには答えず用件だけを述べる。
『私がミソギ自身である事を文章で説明するのは不可能です。時間が無いので、監査に掛けてもいい。相楽さんに生存報告お願いします』
スルーされた数名の白札が騒ぐが、その中にいる冷静な別の誰かが仕切り始めた。
『そりゃそうだわな。どっちにしろ、支部長に伝えた方が手っ取り早いわ』
『嘘情報だったらどうするんだよ。相楽さん忙しいんだぞ』
『というか、ここに意識不明の赤札を名乗る人物が浮上している時点で相楽さんには伝えなきゃでしょ、常識的に考えて』
『まあ、昏睡状態って言われてる絶叫さんが悠長に現状とか説明してきても十分怪しいしな。どう振る舞ったって炎上不可避』
『じゃあ、今はこの人が絶叫さんって事で話を進めるか。相楽さんに報告するから、幾つか教えて欲しい事があるんだけど』
ようやっと本題に入るようだ。話が分かりそうな白い吹き出しに了承の旨を伝える。
『絶叫さん、昏睡状態って事になってるけど今どこにいるの? まあ、眠ってるし夢の中なんだろうけど』
『そうですね。何故か昔仕事で行った七不思議の学校の、木造校舎にいます』
『どこだか分かんないな。そのまま支部長に伝えるわ。一人でいるの?』
『一般人女性と一緒です。理由は分かりません』
『了解。じゃあ、そのまま相楽さんに伝達しとく』
やっと話が通じた。ホッと安堵の息を吐き出したのも束の間、それまでずっと黙っていた結芽が不意に声を掛けてきた。
「ミソギさん、また何か……」
「えっ!? うわ、さっきの生首ボールかな。結芽さん、走れますか?」
「ええ」
ボールの跳ねるような音を聞きながら、ミソギはその場から撤退した。