4話 Error-0

09.あるはずのない台詞


 しかし、ここでハプニングが発生した。
 というのも、薄気味の悪いものを視たような顔をしたトキが不意にコントローラーのボタンを押し込んだのだ。当然、操作を受けてアリスが再び口を開く。

『あなたに話し掛けられて、私は幸せです』

「……んんっ!?」

 何の気なしに資料に目を落として目を剥いた。今吐き出された言葉は、登録されていない台詞だ。つまり、吹き込みをしていないので話す事も絶対にあり得ない、そんな台詞。
 背筋に冷たいものが滑り落ちる。ゲームを実際にプレイしているプレイヤーの手元にこのような資料は無い。無いので、事の異常さに気付かないのだろうが知った上でこんな台詞を聞いてしまえばゲームを続行したくなくなる。

「トキ、ヤバいよトキ! 今の台詞、登録されてない奴だった!!」

 肩を叩いて声高にそう報告すれば、彼はいつも通り欠片も動揺していない声音でさらりと告げた。

「怪異はどれも口を利くだろうが。この怪異が言葉を話した事など、何らおかしな事じゃない」
「そうだけれども! そうだけどそうじゃない!」

 正論ではあるのだが、何故だろう。この釈然としない感じは。正しくはあるが、頭から否定したい衝動を抑えられない。

「おい、次だ。あまりこれだけに時間を掛けていられない」
「はーい」

 気持ちを切り替えて。
 ミソギは無理矢理違和感に蓋をし、続いての強制バグ項目を見やる。確認して今度はあまり怖くないかもしれないとそう思った。

「じゃあトキ、そのホーム画面からガチャページに移動して」
「ガチャ……? ああ、これか。おい、影になっていて押せそうに無いぞ」
「それは無視して選択すればいいよ。入れるから」

 チュートリアル中には有料ガチャを回せないパターンがある。先にチュートリアルを終え、メインキャラが加入した後にガチャガチャ解禁というパターンだ。
 例に漏れず、このゲームもまたチュートリアルが終わるまで固定パーティでしか戦闘出来ない。ただし、「引くなよ」と言うように影になっているガチャページのタブはタップすれは普通にガチャページへ飛べる仕様となっているのだ。

 トキが無事、ガチャページにイン出来たのを画面で確認し、更に指示を出す。本当にゲームに関してはド素人の彼は基本的に次何をすれば良いのか分かっていない。

「そこに、フレンドガチャじゃなくて有料のガチャがあるでしょ?」
「おい、有料だぞ。ゲーム内通過と言うやつか?」
「あっ、いや。それは本当にお金チャージして回すやつだから。でもさ、さっきログインボーナス開けた時に有料ガチャが1回出来るチケット入ってたでしょ。それで回せば良いよ」
「はぁ? ……成る程な。これか。おい、1回しか出来ないぞ」
「1回やればいいよ」

 複雑な事をやらせている訳ではないのに、とにかく作業が進まない。もういっそ、今からでもプレイヤーを交代してくれないだろうか。相楽の英断は認めるが、これはもう完全に人選ミスだ。
 とはいえ、その相楽もソーシャルゲームをやるようなタイプではないのだが。我等が支部長様は大変多忙である。

「何が出るかな」

 ストーリーをある程度進める必要があるので、手っ取り早く強い子が欲しい。
 しかし、ここはビギナーズラック、或いは物欲センサーの関係だろうか。『SR』と表記された女性キャラクターが加入した。赤毛で勝ち気な瞳が印象的な、まさに前衛と言った見た目をしている。

「ここからどうする?」
「まずはホーム画面に戻って」

 ゲーム画面の仕組みが分かって来たのか、トキはあっさりとホームボタンを押して元の画面へと戻って来た。戻って来たが、突如走ったノイズにミソギは身を固くする。
 テレビの砂嵐、それが細く無数に画面を走ったのだ。ザザッ、という耳障りな音もした。

「ひっ!?」
「どうした」
「い、いやっ! 今、アリスちゃんの目、動かなかった!?」

 トキが首を傾げる。そして首を横に振った。

「分からん」
「雑ぅ!! とんだ鈍感野郎じゃん!」

 恐怖心は共有できなかった。いつもの事だが、今回は一人で怖がり損のような気分だ。こんな時、南雲がいてくれれば。それはそれはナイスな反応をしてくれただろうに。いまいち盛り上がりに欠ける。

「次だ。サクサク進めるぞ」
「ストイックだよね……。じゃあ、さっき引いたキャラをホーム画面に置こう。アリスちゃんを解雇してね」
「それはどうすればいい?」
「えーと、メニュー画面に――」

 この後、説明に3分を要した。間違いなく時間が掛かっているのはトキのせいでもあるだろう。
 それにしても、このバグ操作。
 ソシャゲ慣れしていれば、している程やらかす行程だろう。初めてソシャゲに触る人は、取り敢えず画面内に表示される指示に従う傾向がある。

 ここで最後、3つ目の手順。
 ホーム画面にアリス以外のキャラを配置。そのキャラクターに話し掛ける。勿論、こんな単純な動作では普通のゲームはバグが起きたりしない。

「置き換えた? それじゃあ、そのキャラに話し掛けてみて。さっきみたいにね」
「こんな事でプログラムはバグるのか? これはバグと言うより、最早怪異そのものの影響だな」

 ボヤきながら、トキが再び画面をタップする。聞こえてきたのは新しく配置したキャラクターの音声では無かった。

『そこは私の場所なのに……』

 ぞわっ、と背筋が泡立つ。この感覚はよく知ったものだ。
 ――怪異と対峙した時の、それ。久しぶりに心底恐怖を感じたかのようにミソギは息を呑んだ。トキもまた険しい顔をしている。

「これは、機関員の一人や二人でどうにかなるものなのか?」

 静まり返った室内に、相方の声が寂しくこだまする。分かりきっていたが、「簡単には除霊できない」事を早々にトキに悟られてしまった。このままでは、USBを使いづらくなってしまう事だろう。