10.三舟とお喋り
微妙な空気になりはしたが、取り敢えずゲームを進めてみようという事で、早速取り掛かろうとしたまさにその瞬間だった。小さなノックと共に社員さんが部屋へと入って来たのは。
「すいません、皆様はゲームをされに来た訳ではないという事で、ちょっとしたパッチのような物を持って参りました」
手にはUSB。今最も見たくないアイテムだ。
それを片手に持った彼は少しだけ目を伏せながら事の全容を語った。
「本当はこのような物をユーザーに配布する予定は無いのですが、今回は特例としてレベル上げ用のプログラムを作成しました。その、進めるのに割と育成が必要な一面がありまして。今回は急ぎとの事なので、特別に」
「チートアイテムって事ですか?」
「平たく言えばそうなりますね……。本編には何ら影響はございませんので、問題無いかと」
正直これはありがたい。ソシャゲのレベリングは曜日毎に育てられるキャラクターが違ったりと時間が掛かるシステムである場合はほとんどだ。であれば、チートアイテムは本当に助かる。こちらはゲームをしに来ている訳ではないのだし。
「ありがとうございます、それってどうやって使うんですか?」
「ええ、私が入れますので少々休憩という事でお待ち頂いても良いですか?」
「あ、分かりました」
「5分程で完了しますので」
社員さんにスマホを渡す。ミソギはお手洗い、とそう言って席を立った。着ている上着のポケットに手を突っ込み、連絡用のガラケーが入っているのを確認する。これは、今回スマホが使えなくなる可能性があると言って三舟から預かったものだ。
連絡するのに最低限の機能だけが備わったそれを持ち、部屋の外へ。
トキが解決出来ないのではと、意外にも鋭い事を言い出したので三舟に指示を仰ぎたい。あまり変な行動を取っていると疑われたくは無いからだ。事実、やましい気持ちは無い訳だし。
人気の無い廊下を歩き、一応は教えられたトイレの前まで移動する。背後を見やったが、誰も着いてきていないのが確認出来た。
周囲に警戒しながら携帯電話を取り出し、1つだけ入っている電話番号へと電話する。2コール目辺りで目当ての人物が応答した。
『そろそろ掛けてくる頃だと思っていたよ』
「冷静ですね、三舟さん。こっちはそれどころじゃないのに」
クツクツ、と電話口の老人は低く押し殺したかのような声で嗤っている。人事だと思って、とミソギは嘆息した。
しかし、こちらの状況は概ね把握しているらしい。話を切り出すまでもなく、現状を要約したかのように言葉を投げかけられる。
『トキがずっと居てUSBを使用する機会が無いそうだな?』
「何でもお見通しなんですね。今日はみんな現場が同じだから、アプリも使って無いのに」
『忘れたのか? 敷島が一緒だっただろう』
「あの人、三舟さんに何でも逐一報告してるんですか。知り合いだって言ってましたけど」
三舟は嗤っている。それ以上の事を答える気は無いようだ。
詮索しても無意味且つ、それどころではないのでその態度を軽く受け流す。彼と敷島の関係性など、今はどうだっていい。
「どうするんですか。見込みが無いなら、このまま適当に仕事を切り上げますけど。だってこれ、このUSBが無いと除霊出来ないんでしょう?」
『そう急くな。今は敷島も手を出せずにいるが、その内お前を自由に動かす為に顔を出すはずだ』
――これは……共犯なのだろうか、この人等は。
まるで同業者だ。あながち間違いでは無いのかもしれない。敷島の方にも得体の知れ無さはあるし。とはいえ、彼には三舟のような胡散臭さは無いが。
「そういえば、何でこんなUSBを持ってるんですか。完全に偏見ですけど、三舟さんがプログラムに強いようには見えませんし」
『これは事後処理用に貰い受けた物だ。どうやって作ったかなど、私は知らないな』
事後処理用。何にせよ当然だが自然発生的にこのプログラムが生まれたのではなく、人の手で作られた物という事だろう。それは一体誰が作り、何故、三舟に渡したのか。そもそも――
角を曲がって現れた人影に、ミソギは慌てて通話終了ボタンを押し込んだ。急に電話を切ってしまったが、三舟はいちいち電話を掛けてくる人物では無い。察してくれると信じている。
現れたのは言うまでも無くトキだ。端正な顔の眉根を寄せ、不審そうにこちらを見ているのがよく分かる。
何事も無かったかのように、ミソギは彼に対して片手を上げた。
「あ、トキ。休憩終わった?」
「……ああ」
――めっちゃ不審者を見る目だこれ……。