08.アリスとの出会い
しかし折角聞いてくれているのだ。今のうちに概要を説明してしまおう。
依織は社員さんから貰った資料に目を落とし、重要そうな部分だけを抜粋して手短にトキへと伝える。
「えーっとねえ、プレイヤーは力を失った勇者って設定。ヒロイン兼ナビ役のアリスってキャラクターがプレイヤーの気持ちを代弁して喋るタイプのゲームだね。つまり、プレイヤーは無言」
「無言? それは居る意味があるのか?」
「そういうのが好きな人も居るから口を慎もうか。まあ、ストーリーとしてはかなり王道で仲間を増やしながら魔王を倒そうぜ、っていうスタンス。で、バグの関係で一番重要なキャラがアリスなんだけど、この子は聖女とか言われてて癒やしの力があるんだってさ。四六時中プレイヤーに話し掛けて来るみたい」
「だが、プレイヤーは喋らないんだろう? この女、1人で喋っているのか?」
「それを説明しだしたらキリが無いから止めて。じゃ、ストーリー進めようか。まだ最初のバグらせポイントには辿り着いてないし」
いまいち状況を理解しきれなかったらしいトキが首を傾げながら、再びゴーグルを装着する。近未来的なVRゴーグルが全くトキに似合っていなくて、思わず変な顔をしてしまった。
こんなにサイバーな感じのゴーグルが似合わない若者も希有であると思う。おかしいな、十束や雨宮が着けても何ら可笑しいとは感じないはずなのに。
「――おい。おい、ミソギ。戦闘が始まったぞ」
「え、ごめん見てなかった。何で戦闘になったの?」
「知らん。このアリスとかいう女が声を掛けて来たら、急に戦闘になった」
背景は森を模したものとなっている。
仕方なく資料を捲ってみたところ、どうやら1章1話のチュートリアル戦闘のようだ。森の中で目を覚ましたプレイヤーとアリスが話をしていると、クソ雑魚山賊が勝負をしかけてくるらしい。
「トキ、画面の指示に従おう。スキルボタンがどうとか言ってるでしょ」
「これは誰の台詞だ?」
「それはシステムメッセージだから台詞じゃないんだよなあ……」
コントローラーのボタンの位置すら把握していなかったトキに、一から操作方法を説明する。これなら絶対に自分がゲームをプレイした方が早かった。
そうこうしているうちに、山賊が悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。そして、浮かぶ「WIN」の文字。流石のトキでもチュートリアルで敗北するようなまねはしないらしい。
「あ、ちょっと待ってトキ」
「何だ」
「その画面の指示には従わず、コントローラー中央のボタンを……うんそれ。それを押してホーム画面に戻って」
「ホーム画面」
「……中央のボタンを押してくれるだけで良いよ。あ、そこ。そのページがホーム画面ね」
画面には所狭しとタブが並んでいる。
新しい仲間を獲得する為のガチャページで飛ぶタブ、手持ちのアイテムを見る為のタブ、プレイヤーのプロフィールを見る為のタブ――
しかし、どれもタップ出来ないように薄くなっている。恐らくはチュートリアル終了後に解放されるコンテンツなのだろう。画面の中央には今し方仲間になったばかりのアリスが良い笑顔を浮かべて佇んでいる。
さて、怪異疑惑のあるアリス。バグらせる為の手順も彼女が大きく絡んでいる。
「じゃあトキ、カーソルをアリスに合わせて決定キー押して」
「アリスに?」
「そう。ホーム画面に居るキャラクターに話し掛けるとボイスが聞けるんだってさ。3回以上話す必要があるから」
「分かった」
アリスの台詞関連の資料を開く。
それを見ていると、イヤホンからアリスの涼やかな声が響いた。
『私に構ってくれるのですか? 嬉しいです』
『私の鞄の中身、ですか? ふふっ、秘密です!』
『夏ですね。どうですか、海にでも行くというのは』
誰がアリスの音声を吹き込んだのだろうか。酷くプレイヤーに好意のあるような、甘ったるい声音。この段階で既にかなり気味が悪い。何というか、他のゲームには無い匂いのようなものが彼女の台詞にはある。
――実際に感情が籠もっているかのような。
ゲームの意義について最初から疑問に思っていたトキが鼻を鳴らす。
「この女は何が言いたいんだ」
「あの、ゲームだから……。アリスちゃんに魂は実装されてない訳だし、吹き込まれた言葉しか話せないから」
「それは流石に分かる……」
あまりにも馬鹿にしすぎたのか、低い声で弁解されてしまった。