07.揃わない足並み
インストールしたゲームが、更にインストールを開始している間。ミソギはトキにゲームの概要について説明する。というのも、一応プレイしてみると言った以上、ゲームの内容をそれなりに理解していないと仕事に差し支えると思ったからだ。
「このゲームなんだけどさ、大道ファンタジーで架空の世界を旅するゲームなんだよ」
「そうか」
――ファンタジーの意味は流石に分かってるよね……?
あまりにも薄味な反応に、失礼な部分まで疑ってしまう。しかしそれも致し方ない事だとは思うが。ともあれ、分かっている体で話を進める。話の意味が分からなくなったら、自ずと訊ねるだろう。
「ガチャを回して仲間を手に入れる系のソーシャルゲームで、ガチャから出て来るサブキャラはメインのストーリーに絡まない感じみたいだね」
「はあ?」
「あ、いや、聞き流してくれて良いんだけど。多分実物を見ないと何の事か分からないだろうし」
「そうか。ならさっさと続きを話せ」
「私は説明係か何かかな? ……って、インストール終わったね」
トキがスマホを持ったまま固まっているので、画面をタップしてチュートリアルを読み進める。敷島からゲームの概要についてはうっすら聞いたが、操作方法などに関しては今初めて目を通している。
速読しながらも、タップしていけば唐突に選択肢が現れた。
「ん? 男女選べるのか……。トキどっちがいい?」
聞きはしたが、トキは既に女性をタップしていた。男女選べるゲームと言うのは、その人物の人格を如実に表すらしいが――
「何で女の子でプレイしようと思ったの?」
「貴様のスマホだろうが、これは」
「あ、私の性別に寄せたって事ね。理解」
これ多分、ゲームの根本を理解していない顔だな。
今回ばかりはトキの考えを理解出来たが、トキその人はゲームのご理解が出来ていない。進めて行けば分かるだろうか。
「トキ、社員さんからバグらせる方法の説明書貰ってるけど、今読んだ方が良い?」
「恐らく説明されても分からん。やりながら進めろ」
言いながらトキがVRゴーグルを装着する。ついでに、コントローラーを繋いでやった。ワイヤレスだとでも思っていたのだろうか、USBケーブルがお留守である。
ひしひしと不安を感じながらも、ゴーグルを装着した事で前が見えなくなったトキの手にコントローラーを持たせる。先走られると、バグの手順を飛ばして最初からになりかねないので、あまり彼にゲームの進行を握らせたくなかったのだが。
いつスマホを返して貰うべきか逡巡しながら、更にスマホにケーブルを挿して、用意して貰った小型ビデオにも同じケーブルを挿す。テレビ画面にノイズが走り、トキが見ている画面と同じものが表示された。
「オッケー、こっちは準備完了したよ」
「おい、会話が進まないぞ」
「Aボタンを押してくれるかな」
そりゃただ見てるだけじゃゲームも進まないでしょうよ、と心の中だけでそう呟いた。気分はおじいちゃんにスマホの使い方を教える孫のそれだ。
「そういえば、何故このゲームはバグらせる必要がある?」
「え? いやそれは、ゲームをバグらせないと倒すべき怪異が現れないからだけど」
「……? 原理が分からん」
「原理は私も分からないよ……。何でいつも相手にしてる怪異の存在は受け入れられるのに、ゲームの怪異には原理を求めて来るのさ」
「それもそうか。いまいち、いつも相手にしているアレと結びつかない」
機械が絡むと途端に理解力が乏しくなるのは何故なのだろうか。やっている事は、いつものお仕事と何ら変わらないというのに。
そうこうしているうちに、ゲームの画面がストーリーモードへと移行した。プレイヤーの姿はどうやら画面内部には写らないようだ。代わりに、《アリス》と名前の書かれた吹き出しが頻りに何かを喋っている。
どうやら、画面の中央に陣取っている彼女こそが件の怪異、アリスらしい。まじまじとそのイラストを見つめる。
明るい鳶色の長髪を綺麗に結わえている。青い色の瞳で、豊満な身体つきの『女の子』とも『女性』とも付かない曖昧な年齢層。そういったイラストはソーシャルゲームをやれば嫌でも目にするそれらと、何ら変わりは無いように見える。快活な笑みを浮かべていて、トキが適当に選択している会話文の全てをまるっと肯定してくれるタイプのヒロイン。
というか――
「トキ、ストーリー読んでる? 吹き出し」
「読んでいない」
「えっ、それ大丈夫!?」
慌てて資料を取り出す。これもまた社員さんに貰ったもので、ストーリーの概要がざっくりと記載されている。
「ちょ、ストップ! ストーリーも分からずに進められないから、私と復習しようか。トキ」
「それは必要な事か?」
「超重要だから」
渋い顔をしたトキがゴーグルを外した。いや、そこまで真面目に聞いてくれなくても良いのだが。