06.コントローラーの取り合い
ゲームをする為の部屋に到着したミソギとトキに言い渡されたのは「ゲームをあえてバグらせてプレイする」、という作業だった。分かっていた事とはいえ、ミソギもまた言う程プログラムに強い訳ではない。
あくまで一般的にスマートフォンやパソコンなどを使用出来る程度だ。従って、ゲームをわざとバグらせる、など少しばかり恐ろしい話だと捉えている。
「こちら、専用のコントローラーとVRゴーグルになります」
「専用のコントローラー?」
社員さんが持って来たコントローラーを手に持つ。普通の据え置きゲームのようなコントローラーだが、どの機器にも当て嵌まらない。本当にこのゲームでしか使い道の無いコントローラーなのだろう。
これ、買う人は居るのだろうか。自分なら如何にこのゲームに嵌っていようが、恐らく買わないと思うのだが。
そんな心中の疑問が伝わったのか、社員はややその首を横に振った。何の合図なのだろうか。
「いえ、こちらは注文製になっておりまして。当社へご連絡頂けますと発注する仕組みとなっております」
「あ、あー。注文があった時にだけ作るんですね」
「ええ、そういう風になっていますよ」
そんな事あるのか、とも思ったがその辺は会社のさじ加減。別に会社の内情を視察しに来た訳でもないので受け流した。
「あの、これってどうやってコントローラーを繋ぐんですか?」
「まずゲームをインストールして貰って――」
ミソギの端末にゲームをインストールする。というのも、会社のスマホでは正しく怪異が測定出来ないかもしれない、という敷島の尤もらしい言葉のせいだ。何か裏はあるのだろうが、生憎とミソギには知らされていない。
ともあれ、ゲームを始める準備が整った。色々親切に教えてくれた社員さんが不意に訊ねる。
「えぇっと、敷島さんからは準備が整えば私共は退避していてください、と言われたのですが……。本当に部屋から出ても問題ありませんか?」
「あっはい。巻き込まれたりしたら大変なので。あ、でも、何かあった時にお話が出来るようにはしていて欲しいと言うか……」
「そちらの呼び出しベルで呼んで頂ければ向かいますので」
「分かりました」
見れば、緊急用の無線機のような物が部屋に備え付けられている。困ったらこれで呼べば良いのか。例えば、画面が固まって動かなくなった、とか。
恭しく一礼した社員さんが、やや不安そうに部屋から出て行った。
よしやるか、とコントローラーを握り、VRゴーグルを手に持つ。流石にこれの着け方くらいは分かるので、装着しようとしたがトキに止められた。
「待て」
「うん? どうしたの? 仕事始めようよ」
「所詮はゲームだからか今回は肝が据わっているな、ミソギ」
「まあ、画面越しだしね」
――尤も、この強気がいつまで続くのかは分からないが。
そう心中で補足する。怖がっていないのではなく、まだ怖がるポイントが判明していないだけに他ならない。
それはまあ、それとして。
ここに来てトキが意外な事を言い始めた。正直、ミソギがまだ恐怖を覚えていない以上に驚きの発言と言えるだろう。
「私がやる」
「え? ……何を?」
「コントローラーとやらを寄越せ。ゲームをプレイすると言っている」
「い、いやいやいや! 意味分からないし! どうしたの、急に!? トキ、ゲームとか苦手だったよね!?」
突拍子も無い言葉に思わず目を剥く。どころか、声も裏返った。
トキの綺麗な顔が不機嫌そうに歪められる。あまりにも盛大に驚きの声を上げてしまったので、苛立ちすら覚えたのだろう。
「興味が湧いてきただけだ」
「はい、嘘! 目が泳いでるよ、別の理由があるんでしょ!」
「煩い。逆にどうして貴様は怖いのが苦手なのに、積極的に仕事をしようとするんだ」
「だってトキ、ゲーム出来ないじゃん」
「だからやると言っている」
――な、何、急に……!?
驚異の頑なさに言葉すら失う。引ったくられたコントローラーを奪い返す事すら出来ない。どうしたどうした、なんで急にゲームをやりたいとか言い出したんだ。
というかそもそも、このスマホはミソギのものである。ゲームをやってみたいのならば、最初から自分のスマホにインストールすれば良かったのではないか。三舟の電話番号とか、敷島の電話番号とか登録してあるので、あまりトキにスマホを貸したくない。
だが、ここでこれ以上駄々をこねるのも見苦しいし、何より隠し事をしているかのように捉えられるのは極めて心外だ。
貸すべきか、取り上げるべきか。
悩んだ挙げ句、ミソギは思考を放棄した。もういい、どうにでもなれ。途中で代わって貰えばそれでいいや。
「じゃあ、最初はトキからやってみればいいじゃん。私はこっちのモニターで見ながら、台詞の整合性取るからさ」
ゲーム内キャラクターの台詞が記された書類。それを片手に、ミソギはぐったりと小さく溜息を吐いた。今日これ、この仕事大丈夫かな。不安が拭えない。