3話 反転する駅

15.氷雨の捜し人


 三舟から強制的に入れられたアプリの使い所を見出したミソギは、そのまま危機としてスマートフォンへ向かって大声を上げた。それは見事に拡声され、瞬く間に空間を震わせる大音響へと姿を変える。
 流石に極まり過ぎてて目を疑った。ちゃんとした拡声器を使えば、こうも効果が拡大するのか。

 妙なところで関心していると、視界が揺らぎ、見知った支部の愉快な仲間達のやや面食らった顔が視界に飛び込んで来る。
 よくよく見てみれば、ここはコインロッカーだ。それも、表側の。
 丁度居合わせたであろうトキが、その隣に立っていた相楽をちらと見る。確認する。

「お、おう。案外あっさり帰って来て、おっさんビックリだわ」
「うわああああああん!! トキせんぱーい、恐かったっすうううう!!」

 緊張の糸が切れたのか、情けない声を上げた南雲が割と涙目でそう訴えた。なかなかに可哀相な光景だがしかし、ご指名されたトキはと言うと眉間に皺を寄せている。何を言っているんだこいつは、という顔に違いない。
 案の定、一瞬だけ言葉に詰まった彼はしかし、いつもの通り聞いた人物によっては胃を痛めてしまいかねない鋭い言葉を吐き出す。

「しゃんとしろ、鬱陶しい!!」
「何でこういう時、先輩っていつも居ないんすか!」
「私が知るか! 貴様がいちいち怪異に対して恐怖を覚えるのが悪いッ!!」
「そんな馬鹿な!」

 南雲の腹が悲しそうに鳴った。そういえば、除霊の時は常に腹を空かせているのだったと、ミソギは僅かに笑みを浮かべる。こういう感じは久しく無かったので、何故か新鮮だ。

 その後、疲れているであろう冬也と美弥子を先に帰し、更には解析課で捕まえたラジカセの犯人の事情聴取、その他諸々の手続きが終わる頃には午後6時を軽く回っていた。

 ***

 支部の会議室にて。
 支部長である相楽はやや憂鬱な気分で集まった面々を見ていた。というのも、この機会にミソギには聞きたい事があったのだが、解析課の方の用事で用件を切り出す前に離席してしまったのだ。
 今回は解析課側の人員として参加していたミソギを、敷嶋からレンタルするのは実質不可能。つまり、諸々の確認したい事象は次回へ持ち越しという事になる。

 そして、代わりに残っているのはトキ、雨宮、十束、南雲の4名。正直、このメンバーが残るのであれば解散にしてやれば良かったと心からそう思っている。
 待って貰った手前、もう帰って良いとも言い出しづらい空気感。
 仕方なしに、皆の視線がチクチクと刺さる中、相楽は重々しく口を開いた。

「南雲、今日は急に怖がり2人で異界にやって悪かったな」
「うっす、マジで次からは止めて欲しいっす」
「お前正直すぎるな、おじさん驚いちまったわ。ほんで? 中で何があったのか、一応聞いとこうかな」

 思い出したくないのだろう。渋い顔をした南雲だったが、正直者で素直な若者の彼は一応何があったのかを頭の中で取り纏めているようだ。その間に、考えるべき事実が脳内でぐるぐると回る。
 泡のように膨らんでいた思考は、南雲が再び口を開いた事によって弾けた。

「そういえば、ミソギ先輩凄いんすよ。何か今日も、相楽さんが『駅反転してる』ってメッセ打つ前から、反対側のホームに行こうってずーっと言ってたし」
「ん……?」
「駅が反転してるって事に気付いてたんだと思うんすよね〜」

 どことなく違和感のある行動だと端的にそう思った。ミソギは間違いなく、異界へ入る前には怯えきっていてまともな思考が出来る状態ではなさそうだった、失礼だが。だからこそ、アプリでバックアップをしてやらなくては、と雨宮・十束を連絡係に指名したのだ。
 だが、この2人は現地に居た訳ではないので、あくまでどうすべきかを一緒に考え悩んでくれる人員。どちらかと言うと、メンタル面をカバーする為に投入した人員で――

 何かに気付きかけていた思考。しかし、シーンとしている事に嫌気がさしたらしい雨宮の言葉によって思考が遮られる。

「うーん、私はミソギがそういう細々した事に気付くとは思えないけれど。単純に、この場に居ても美弥子ちゃんとやらが見つからないから、移動しようと思ったんじゃないかな」
「えー? そっすかね。しかも先輩、何か便利なアプリをスマホに入れてたんすよ。あれ無かったら、俺等、外に出られなかったかも」

 ――アプリ?
 フリーのアプリだろうか。それはどんなアプリなのか、興味本位で訊ねようとした。したのだが、何故か間の悪い事に会議室のドアが急に開け放たれた。

「おう、氷雨。どうかしたのか?」

 ドアを開けて急に入って来たのは、今回の一件とは別の件を担当していた氷雨だった。今日1日、支部長である自分はいなかったので今報告に来たのかもしれない。悪い事をしたが、明日報告と連絡を入れてくれれば帰してやったとも思う。
 とはいえ、何となく話に区切りが付いてしまったからか、雨宮と十束が次の仕事の為に会議室から出て行った。

「氷雨さん、どーしたんすか?」

 何故かまごついている氷雨に対し、南雲が更に訊ねた。やや迷ったような顔をした彼は、一瞬の躊躇いの後、意を決したように呟く。

「ミソギを捜しているのですが……」
「は? ミソギ? お前等、個人的に会うような仲だったっけ?」
「いえ……。そもそも連絡先も知らないので、支部に居なければどこに居るのかも……まあ、分からないですね」

 ――じゃあなんで会おうとしてるんだ……。
 そう思いはしたが、どことなく急いでいる空気を感じてしまったので言葉を呑込んだ。代わりに提案を口にする。

「何だか知らんが、今日は解析課に行ってて、そのまま帰宅すると思うぞ。明日、会った時に伝言でもしてやろうか。おっさんが」
「いや、なら……いいです」
「えっ、あ、おい!」

 考える余地も無く、その提案を両断した氷雨はその性格にそぐわない早足で会議室から出て行ってしまった。何なんだ、と呟くも誰も事情を知らないので返事は無い。