01.ポケットの中の隠し事・上
何日かぶりに訪れた支部の会議室には今日の仕事メンバーが勢揃いしていた。ミソギに加え、トキ、雨宮、十束という同期セット。更に現在は相楽の到着待ちなので、やはりいつものメンバーと言わざるを得ない。
一つ違う事があるとすれば、前回に引き続き解析課との合同の仕事という点だろう。とにかく今月の解析課は動きが活発で、関係の深い相楽ですら首を捻っている程だ。
「今日って、相楽さんは忙しいみたいだね。いや、いつも忙しそうと言われればそうなのだけれど」
不意に雨宮がそう呟いた。彼女の目はドアに向けられている。
今日は一番に来ていた十束が何事かを思い出したかのように手を打った。
「そういえば、朝から何か探していたな」
「何か? おい、曖昧且つ適当な事を言うな」
既に待たされて大分イラついているトキが目を鋭く細める。八つ当たりされた十束はははは、と意に介した様子も無く笑っているのでただの単なる戯れだろう。
ぼんやりと一同を見つめていると、不意にトキと目が合った。
「おい」
「え? え、何?」
「何を考え込んでいる」
当てずっぽう、なのだと思う。しかしその発言に、ぴくりと指先が震える。続いて、ズボンのポケットに入っている例のブツに意識が行き、そしてトキの問いに答えるという一瞬のプロセス。
それでも何事も無かったかのように、問いに応じた。
「いや、ちょっと寝不足で。昨日、テレビ着けたらうっかり怖い番組やっててさ……。寝れなくなったわ」
「はぁ? 貴様、ただでさえ体力も度胸も無いのだから体調管理くらいはしろ!」
「あれっ、お母さんかな?」
2時間前の事に思いを馳せる。現時刻が午前10時なので、この2時間前といえば8時。そして、8時に現地へ到着しているという事は、それよりもずっと早い時間に起床していたという事だ。つまり、寝不足そのものは嘘では無い。
***
2時間前。
サラリーマンやOLがあくせくと出社する時間帯。優雅にタクシーへ乗り込み、高級レストランにて降車。呼び出された11階へとエレベーターで上る。
まるでどこぞのお嬢様みたいな生活だな、とアホな事を考えていた頭は三舟老人の顔を見た事で正気に戻った。
「……おはようございます。何ですか、こんな朝っぱらから」
――貸し切り。
恐らくは小規模なパーティにでも使われるような部屋を貸し切ってある。人の姿は見えず、部屋の中心にぽつんと大きめのテーブルが置いてあるだけだ。控え目に言って異様。
しかし、三舟と関わるようになってからそういった類いの感性が死滅してしまったのか、特段何かを感じる事は無かった。どころか、昨日あまり眠れていない事の方が重要である。
眠そうな顔をしたミソギになど目もくれず、モーニングの目玉焼きを箸で突く彼は淡々とこう言った。
「おはよう。何を突っ立っているのかね。さっさと座りたまえ」
「朝8時に当然のように人を呼び出した人の台詞じゃないんだよなあ……」
「馬鹿な。今日の君の仕事は早くて9時開始、この時間以外に呼び出せるはずもないだろう」
「どうして私より先に私の予定を知ってるんですか。いい加減通報しますよ、本当」
朝一という事もあって自然と暴言を吐きながら、ミソギは自らの席に腰掛けた。美味しそうな朝食の匂いに、思わずこの暴挙を許してしまいそうな幻想に駆られる。いや、こんなもの許容して堪るか。朝ご飯は食べるけど、三舟のおごりで。
さて、と箸を動かす手を止めた三舟がさらりと仕事の話に入る。それを、朝食を口に入れながら聞くことにした。
「君の今日の仕事だが――そうだな、午前10時くらいから始まるだろう。解析課の持って来た仕事で、大規模任務の為、機関支部集合となるはずだ」
「あー、今日は大勢でやる仕事って事ですね」
「そうだが、君にとっては面倒な事この上無いだろうよ。何せ、今回は私と敷島の指示で動いて貰う事になる」
――それは確かに面倒臭いかもしれない。
特に相楽は最近、こちらの行動を疑って掛かっている。変な動きをしようものなら、そのまま三舟まで透けてしまいかねない。そうなれば――そうなれば? どうなるのだろうか。
「あれ、そういえばどうして三舟さんの事って、周りの人に知られちゃいけないんでしたっけ」
「遠回しに私について聞いているのか? それは知らない方が良いというものだが……。そうだな、私と連んでいる事が露呈すれば君もただでは済まないだろうよ」
「えっ、クビとか?」
「それならばまだマシだがね。急な異動……とか」
「異動……!? いや、どこに!?」
「さてね。機関も一枚岩ではない。問題児をトばす所など、それこそ多くあるという事さ」
話を戻していいか、と半ば強引に軌道修正される。これ以上は聞かない方が良いと脳で警鐘がガンガン鳴っているので大人しく従うことにした。