3話 反転する駅

13.メールの返信


 しまったのだが、スマートフォンはすぐにメールの受信を告げる。何て速さだ、異界だし最悪届かないと思っていたのに。まさか、送信したメールが戻って来たんじゃないだろうな、と訝しみながらも再びスマホを手に取る。

「先輩? どうかしましたか?」

 南雲の疑問そうな声に一瞬だけ手を止めた。自分が外から見て十二分に怪しい行動を取っていると気付いたからだ。仕方なく、後輩の無垢な視線を避けながら最近上手くなってきた嘘を口から溢す。

「ああうんちょっと、十束に送ったメッセがちゃんと送信出来なかったみたいで」
「ありますよね〜、そういう事! 届いてなかった時、マジでビビりますし!」

 気の良い後輩はあっさり同調してくれた。表情を盗み見たところ、ミソギの言い分を疑っている様子は無い。そこまで考えたところで、最近自分が他人に対して疑心暗鬼にも似た心情を抱いている事に気付き、苦笑する。
 何だか最近、心の純粋さがますます失われたようだ。南雲程、人を疑わずに生きる事はもう不可能だが、それにしたって要らない気を張っている気がする。

 嘘を吐いたことさえすぐに忘れさりながら、返って来たメールに視線を落とす。彼は何の仕事をしているのだろうか。平日の日中であるにも関わらず、即返信が来た事に愕然としながらも、三舟からのメールを開ける。
 意外にも長文と言うか、答えそのものの返信だったと言えるだろう。他に人が居る事も記憶の彼方へ飛んで行ってしまう程度に、ミソギはそれを険しい顔で読み解いた。

『添付されている写真を見たが、これは作木駅をベースとして鏡写しのように反転している駅だ。よって、君が今立っている場所は表作木駅のコインロッカーの位置ではない。そして、一般人は異界に取り込まれた際、大抵の場合は恐怖で足を止める。即ち、迷い込んだ人間は最初の位置から移動していないと見ていい』

 合理的で端的な回答。模範過ぎる答えに、ミソギは舌を巻いた。つまりはホームの反対側に行かなければ美弥子を発見する事は出来ないと言う事か。
 更にメールをスクロールする。と、そこには三舟の苦言にも似た文句が連ねられていた。

『一人でないのならば、怪しまれる行動は慎む事だな』

 ――これさては、またアプリを無断閲覧してるな……。
 最早、その事実に対して欠片も驚きを抱けない自分に嫌気が差してくる。良くも悪くも慣れた、という事か。

 ***

 現実世界の作木駅、そこで相楽はスマートフォンを片手に低く唸った。見ているのは、ミソギからのメッセージである。まだ美弥子が見つかっていない、という割と焦っている感じの一文にどうしたものかと頭を抱えた。

 そして同時に、裏方へ回っていた解析課の凛子からもメッセージが届いている。何でも、こちらはこちらでラジカセを設置した犯人を捕縛したらしい。どうも、大事になってきた為、ラジカセを回収しに来たところを敢無く逮捕と相成ったようだ。そのあたりは、後で併せて聞くとしよう。たぶん、この捕まったという男は黒だし。

 そんな事より相楽の頭を悩ませているのは、どうにもこの犯人とやらがその手のプロという訳でもない、ただの一般人らしいという事だ。
 それはつまり、一般人だろうが何だろうが噂を流す力さえあれば、簡単に怪異を生み出せてしまうという証明に他ならない。この男はある程度のリスクを覚悟しつつも、入念に準備し、そして遊び感覚でいたずらな噂を流した。
 それだけの事でありながら、周囲に多大な影響を及ぼしている。怪異をコントロール出来ていない事は不幸中の幸いだが、拭えない焦りがせりあがってくるようで落ち着かない。

「……いや、ンな事言ってる場合じゃねぇな。まずは一般人の救出か」

 暗く落ち始めた思考を無理矢理ストップさせる。それどころではないし、何より部下が大変お困りの様子だ。早急に対策を考えてやらねば。ただでさえ、今日は彼女等に多大な負担を掛けてしまっている。

 まずはこの、ミソギが送り付けて来た裏側作木駅の写メ。何か違和感を覚えるのだが、その解析には至っていない。

「相良さん」
「うおっ!?」

 急な声に驚いて肩を跳ねさせる。そこには通常時と何も変わらないトキその人の姿があった。冬也の面倒を任せていたのに、まんまと取り逃がしてしまった前科をものともしない姿勢は評価に値する。
 が、流石に定められた仕事をすっぽかした事に関しては悪いと思っていたらしい。表情には微塵も現れないものの、彼は似合わない言葉を吐き出した。

「冬也の件はすみませんでした」
「お、おう。お前の口から謝罪の言葉が聞ける日が来るとは思わなかったぜ、おっさん。んで、何で連れ回そうと思ったんだよ、一般人を」
「後悔しないのが一番かと思ったので」
「もしかして、ミソギと南雲だけ行かせたのを根に持ってんのか……?」

 トキその人から肯定の言葉は聞けなかったが、確信した。2人で行かせた事に対し、彼は大層ご立腹である。
 引き攣った笑みを浮かべた相楽は無理矢理に話題を変えようと、トキに例の写メを見せる。それを見たトキが、あからさまに眉根を寄せた。

「何ですか」
「いや、ミソギから送られて来た写メなんだが、何か違和感が無いか?」

 ふん、と僅かにトキが鼻を鳴らした。変な所は無い、という言葉を頂けるかと思ったが存外あっさり彼は答えを導き出してしまった。

「風景が反転していますね」
「……あっ。あー、成程な。そういう事ね。ハイハイ」

 歳取ったら頭って固くなるんだな、と妙な所で感心しつつ相楽はミソギへの返信を打った。トキが今出した答えを、そのまま。