3話 反転する駅

06.雨宮さんの力


 相楽の一声で会議室に静寂が戻る。仕事の始まる気配。

「で、仕事の話な。今日はこの面子で作木駅に行って貰う。本当はミソギも欲しかったんだけどなあ……、今日は解析課だから」
「どんな怪異ですか、相楽さん」
「おう、やる気だな、雨宮。というか、かなり急ぎだ。何せ駅。人通りが当然多いってのに無差別に行方不明者が出てる。早急に解決する必要があるって事だけは頭に入れといてくれよ」

 ――行方不明者。
 つい先月あたりに起きた、『供花の館』事件が脳裏を過ぎる。ここ最近ではかなりの大ヤマで、あれ以上の事件は一時起こらないと思っていたのに。ここでまさかの行方不明事件が起きるとは。

「作木駅の噂だが、夕方5時から6時の間に赤ちゃんの泣き声が聞こえるってんだよ。んで、その聞こえた奴が行方不明になってる」
「行方不明者が何人か出てるらしいですけど、具体的には何人ですか?」
「5人。だが、内4人は社会人で、行方不明つってるが正直怪異とは関係無い可能性がある。ただ、後1人は女子高生だ。家出をするタイプじゃねぇらしいから、コイツは本当に怪異事件に巻き込まれてる可能性が有る」

 はぁ? と、トキが眉根を寄せた。

「可能性の話だけで、行方不明者が出ていると決め着けるのは早計かと」
「女子高生、西條美弥子と、その依頼人である萩本冬也には霊感がある。そして、赤ん坊の泣き声は鮮明に聞こえる奴、微かに聞こえる奴、全く聞こえない奴がいる。多分、聞こえちゃ駄目なんだろ。あの泣き声は」

 赤ちゃんの泣き声が聞こえる時点でかなり怖い、と南雲が震えていると雨宮が悪戯っぽい笑みを浮かべた。先輩方には悪いが、彼女のどこか達観した姿勢はほんの少しだけ苦手だ。
 彼女は何があっても、自分より一枚上手である事が開け透けて見えるようだからだろう。

「赤ちゃんの泣き声と言えば、ロッカーに女性が子供を入れて鍵を掛けて二度と帰って来なかった――とかいう典型的な怪談がありますね。あまりにも典型的過ぎて、何だか勘繰ってしまいそうです」
「おう、良い線いってるぜ、雨宮。確かに付随している怪談はそれとほぼ同じだ」

 十束がやや首を傾げ、雨宮に声を掛けた。

「典型的だったら、何かあるのか?」
「ううん、何だか違和感があるという話なのだけれど。だって、そんなどこにでも発生する怪談、今時信じている人なんて居ないだろう? 人は目新しい物に目移りする生き物なのにさ」
「そういうものか?」

 イマイチ話の趣旨を理解していないらしいトキが小首を傾げる。ふ、と雨宮が笑った。心底愉快そうだ。

「トキ、君は駅のロッカーへ行く度に赤ちゃんの泣き声が聞こえて来るかもしれない、このロッカーの中には赤ちゃんが詰め込まれているかもしれない、と思う事があるかな?」
「ある訳無いだろうが」
「そういう事。典型的な怪談っていうのは、忘れられ易いものさ。新しい恐怖こそ、人の脳にこびり付いて離れないものだよ」

 ふん、とトキが僅かに目を眇めた。多分、笑ったのだと思う。レア過ぎるショットに戦々恐々としていた南雲の思考もまた、一瞬だけ止まった。

「そこの南雲と、ミソギも。話を聞いただけで震え上がるだろうな」
「はは、怖がり君達の事は知らないよ!」

 何だかブラックジョークのようだったが、トキが楽しそうなのでまあいいか、とその光景を眺める。今日、件のミソギは何の仕事をしているのだろうか。先輩以外、除霊師は居ないし心臓に悪くない仕事をしていればいいのだが。