3話 反転する駅

07.思わぬ再会


 ***

 敷嶋の指示で探索を開始して、1時間程が経過しただろうか。未だに手掛かりは掴めないどころか、本当に赤子の泣き声が聞こえるのかすら怪しい状況である。半信半疑だから、怪異の方も姿を見せられずにいるのかもしれないが。
 更に言ってしまえば、除霊師の赤札として温室育ちしてしまったミソギは『聞き込み』の術を持ち得ていなかった。というのも、それらの情報収集は主に白札の仕事であって赤札が関与する問題ではないからである。

 その他諸々、あらゆる事を加味した上で途方に暮れていたところ、不意に見覚えのある後姿を発見した。

「ん……?」

 声を掛けようとして、踏み止まる。
 何せ彼はここに居るはずのない人物だったからだ。今頃、支部で本日の業務をこなしているはずの後姿。ぴんと針のように伸びた背筋に、何を急いでいるのか訊ねたい早足な感じ――
 いややっぱりトキではないだろうか。

 一度止まった足を再び動かし、小走りで後姿を追う。段々と近づいて来た背中を見て確信した。最早、本人確認をする事無くその背へ声を掛ける。

「トキ! 何をやってるの、ここで」
「……ミソギ?」

 怪訝そうな顔をしたトキがゆるゆると振り返る。何だか、支部以外の場所で会うのが酷く久しぶりに感じて、ミソギは顔を綻ばせた。今は業務中だが、どうせ進んでいない仕事だ。知人に声を掛ける事くらい許されるだろう。

「私は仕事でここに居るんだけど」
「奇遇だな。私もだ」
「んん? なら、同じ怪異を追う事になった訳? まあ、人も何故か引いてきたし、凛子さん達に事情を話した方が良いかな」
「そうだろうな。ちなみに、機関が介入している。人が減ったのは、駅を閉鎖したからだ」

 ――何だか大事になってるな……。
 赤ん坊の泣き声が聞こえる、それだけの話だったはずなのに状況が悪くなったのだろうか。であれば、これはもう解析課の管轄ではなく除霊師の管轄になるのかもしれない。

 などとボンヤリ考えていると、やはりトキは怪訝そうな顔をした。

「おい、山本凛子に状況の説明をしに行くんじゃなかったのか」
「あ、はいはい。行く行く。トキも来る?」
「ああ、同行する」

 何だかやっぱりこの感じが久しぶりのような気がして、足取りも軽やかに駅の反対側へと向かう。確か、凛子も敷嶋も同じ場所で聞き込みをしていたはずだ。

 結果的に言えば2人の姿はすぐに発見できた。駅に居た人々が減ったのと、どちらも目立つというか、一般人と比べて圧があるので見分けやすい。

「凛子さん、敷嶋さん! 報告があります」

 おや、と凛子が首を傾げ、敷嶋が眉根を寄せる。
 状況が呑み込めていない解析課の2人に対し、心の準備をする暇も与えずトキが淡々と起きている出来事を語った。

 曰く、行方不明事件になった為、機関が出張る事になった、と。
 成る程確かに大事である。解析課に回ってきた仕事は怪異発生を未然に防ぐ、という内容のものだった。しかし、トキが持ってきたのは『行方不明者が出た怪異事件』である。つまり既に犠牲者が出ていると言って間違いない。

 険しい顔をした敷嶋が低い唸り声を上げる。

「分かった。トキ、お前は一人で来たのか?」
「相良さんと赤札が数名駆り出されている」
「そうか……。とにかくお前はまず、俺達と仕事範囲が被っている事を相良に報告しろ。まあ、手を組む事になりそうだがな」
「了解」

 くるり、と踵を返したトキがすたすたと駅のホームを横切って消えて行った。あの足取りからして、相良がどこにいるのかを把握しているのだろう。彼はかなりせっかちなので、すぐに相良を連れて来るに違いない。

 その背を見送った凛子が少し残念そうに呟いた。

「怪異による行方不明者が出ているのなら、私達はお役目ごめんですかね。管轄外になってしまいますし」
「はっ、どうだかな。相良の判断に任せるが、今日は早上がり出来ねぇと俺は見てる。残念だったな、山本」
「そうですかね……」

 何の根拠も確証も無いが、ミソギもまた敷島の意見に同意せざるを得なかった。今回の怪異事件は、何だかまだ何かありそうだ。除霊師にとっては管轄外で、解析課にとっては管轄そのものの、何かが。