3話 反転する駅

01.久しぶりのレギュラーメンバー


 一ヶ月の半分程過ぎただろうか。そろそろ下旬と言って良い日付になってきた。そんなある日、ミソギは相楽に呼び出されて支部を訪れていた。待ち合わせの時間まで少しばかり時間があるので、自販機で買った水をゴクゴクと飲む。
 ロビーで寛いでいると、不意に聞き覚えのある声が鼓膜を擽った。

「あっ! ミソギ先輩!! 今日はこっちで仕事っすか!?」
「南雲! と、あとトキ!」

 これから一緒に仕事なのだろうか。自分を呼んだ南雲と、そして眉間に深い皺を寄せたトキが立っている。何だろう、すでにトキの機嫌が悪いような気がして憂鬱な気分になってきた。あの顔は、確実に何か言いたい事がある時の顔だ。
 案の定、挨拶もそこそこにトキが口を開く。既に険のある、硬く刺々しい声音でだ。

「ミソギ、お前……怪異を取り逃がしたペナルティはどうなった?」
「え? あー、テディベアの?」

 どうなった、と聞きはしているが結果はトキも知っているだろう。それを理解しつつ、ミソギは例の一件のペナルティについて述べた。

「いや何か、お咎め無しだった」
「何故だ。上も馬鹿ではない、何かしらのペナルティが生じてもおかしくはなかった」
「そういやそっすね。先輩、メッチャ強運じゃないんすか?」

 トキが言っている事は正しい。一度追い詰めた怪異を取り逃がすなど、謹慎の上に減給という処置を執られてもおかしくはないだろう。ただ、この一件に関しては何故ペナルティを免れられたのか、ミソギ自身にも分からないのだ。
 よって、欠片も嘘では無い言葉を返す事になる。

「私も何でだか分からないよ」

 無論、三舟にお願いをしたのは自分だ。だが、何故、除霊師でもない彼が機関側の領分に踏み込んでまで手回し出来たのかは本当に謎である。
 怪訝そうな顔で表情を伺って来たトキだったが、ややあって首を傾げるに留まった。嘘を吐くのは下手クソで、すぐに嘘吐いてるとバレるタイプだ。だが、今回ばかりは嘘を吐いている訳では無い。

 一方で、脳天気な南雲は今のやり取りに含まれる一切合切の感情を無視して朗らかに言葉を紡ぐ。彼にとっては仲間内でペナルティなどが免除された事は素直に喜ばしい事であるようだ。

「解析課が絡んでるから、波風立てたく無かったんじゃないっすか? ホラ! 解析課はケーサツで、除霊師は機関だし」
「どうだかな。何か……そう、何か、変な力でも作用しているかのようだ」
「トキ先輩は考え過ぎっすよ! ミソギ先輩が無事だったんだから、それでいいじゃん」

 なおも何か言いたげな顔をしていたトキだったが、南雲の言い分に一応の納得はしたのだろう。一つ頷き、深い溜息を吐くとポツリと口を開いた。

「ミソギ、もっと気を付けろ。津常時であったのなら、重い罰則が課せられていた可能性もある」
「うん、そうだね。流石に私もどうなるんだろう、って震えたよ……」

 ちなみに、現状テディは三舟預かりとなっている。あの老獪なおじさまの部屋に、可愛らしい金色の毛皮のぬいぐるみが置いてあると思うと笑えてくるのだから不思議だ。

「先輩、今日は通常のお仕事っすか?」
「分かんない。取り敢えず、相楽さんに呼ばれてるから会って来てみるよ」
「りょ! じゃ、俺はトキ先輩と仕事に行って来るっす!」
「ミソギ、相楽さんが心配していた。あまり心労を掛けるな、胃に穴が空くぞ」
「そ、そうだね……」

 もう一度だけこちらを振り返ったトキは、軽く目を臥せると南雲を追って行ってしまった。この一ヶ月はあまり一緒に仕事をする機会が無かったが、南雲と組んで仕事をしているらしい。

 トキ達を見送ったミソギは、支部の関係者出入り口を通り、会議室へと向かう。目と鼻の先だったその部屋のドアをノックした。

「相楽さーん、ミソギです」
「おーう、入れ! 悪ぃな、急に呼び出して」

 ――そういえば、相楽さんに呼び出されるのって何か久しぶりな気がする。
 しかも1対1で。研修上がってすぐの頃はよく、過ごしやすいかだの、もう慣れたかだのの面談で呼び出されたものだ。相楽はメンタル面のケアが上手い。良い上司、と言うのは彼のような人間を言うのかもしれないとさえ思う程だ。

「こんにちは」
「おう。おはようさん。ま、その辺に適当に座ってくれ。……で、ちょっと聞きたいんだが、例の件のペナルティ。どうなったって?」
「あれ? 報告書、出しませんでしたか?」
「いや、読んだけどな。おっさん、ちょっと老眼かもしれないわ。え、ペナルティ無し? 本気か?」

 忙しかったし、通常時はそうしていたので報告書――もとい、報告メールだけ送ったがあまりにも例外的処置過ぎて、相楽はその報告メールに懸念を抱いているようだった。着流しの袖を弄くりながら、相楽は困った顔をしている。

「私もよく分からないんですけど、届いた書類によるとお咎め無しみたいで」
「お前が担当した解析課の仕事ってアレだろ、通常業務分類だったろ?」
「そうですね。でも、私にも分からないものは分かりませんし……」
「んー……。なんかよ、ミソギ。お前さん、最近ちょっと冷たくなったな……」
「ええ? ……そうでしょうか」

 自身の素行を思い返してみた。
 ――確かに、ちょっとどころかここ最近でかなり逞しくなったような気もする。一重に、あのタヌキジジイのせいだろう。
 三舟の顔が脳裏を過ぎった事でゲンナリしかけた気持ちを、無理矢理抑える。彼は確かに心底怪しいご老人だが、それ以上に『アメノミヤ奇譚』においては世話になった。文句を言える義理などあろうはずもないのだ。