2話 テディちゃんの冒険

10.三舟さんの知り合い


 ***

 翌日、午後6時。
 本日は解析課からのお仕事が無かったミソギは、通常業務を終え待ち合わせの場所にタクシーで来ていた。三舟から――恐らくは先日の事で呼び出されたのだが、今回はまた別の店である。
 どぎまぎしながら、和風料亭の暖簾を潜る。最早、当然のように出迎えの店員に迎えられ、そのまま三舟の待つ一室へと連れて行かれた。

「そちらのお荷物、お持ち致しましょうか?」
「あっ、いえ……」

 チラッと店員が目で指したのは、長方形の四角い箱だ。高そうな風呂敷に包まれたそれは、中身が人目に触れないようになっている。その中から時折、弱々しい振動が指先に伝わるのを感じた。
 まさか中身が何なのかは分からなかっただろうが、貴重品だと判断したらしい。店員はそれ以上、箱について言及しなかった。

 程なくして、店の一番奥に到着。襖を開け、ミソギを中へ通した店員は一礼して出て行った。それを見送り、ミソギは三舟を初めて視界に入れる。
 実に畳の似合うおじさまだ。偉そうに胡座を掻くのも様になっている。商会のボスとかと面会している気分に陥りながらも、一つしか無い座布団にきちんと正座した。

 すでに何か飲み物を飲んでいる三舟が口を開く。

「――それで、例の人形は?」
「これです。持ち出すのに苦労しました」
「敷嶋はそれを探しただろうが……どこに隠していたのか、是非とも聞きたいものだな」

 何で敷嶋の事を知っているんだ、とそう思ったが聞かないでおいた。どうせ碌な理由じゃないだろう。

「あの時点で、私は朝一帰りの予定だったので、さっさと回収しなおして鞄に入れておきました。テディは聞き分けが良かったので、暴れもせず簡単なものでしたよ」
「君の謎の原動力は置いておいて。敷嶋からもっと上手くやれと連絡があったぞ」
「は!? いや、知り合い!?」
「顔は広いと言ったはずだ。というか、私の連絡が後数分遅ければ、君は彼に捕まっていただろうな。感謝して欲しいものだよ」

 ――この人等、どういう知り合いんだろう……。
 失礼かもしれないが、三舟と敷嶋が顔見知り且つ知り合いであるイメージが全く湧かない。どころか、犬猿の仲のようなイメージが鮮明に浮かぶくらいだ。絶対に折り合いが悪そうな組み合わせである。
 考えている事が伝わったのだろうか、ごほん、と三舟が咳払いした。それ以上、敷嶋について話すつもりは無いらしい。

「人形の件だが。中を改める、取り出してみなさい」
「えっ、ここでですか? 人が来たら――」
「これ以上、誰が何を持ってくると言うのかね」

 見れば、食卓にはずらりと食べ物が並んでいる。どれも新鮮で美味しそうだが、三舟と食事をすると変な緊張で食べ物の味が分からないのが難点だ。

 箱から取り出したテディを三舟に見せる。一方、日が暮れているからか、テディが言葉を発した。

「ミソギ、このこわいおじさんはだれ?」
「えーっと、新しいご主人?」
「ぼくが必要なひとにはみえないや」

 あからさまに三舟が眉根を寄せる。

「これをうちに置けと? 随分とお喋りのようだな。まあ、何かに使える時が来るかもしれないが……」

 はぁ、と三舟は心底憂鬱そうな溜息を吐き出した。とはいえ、放り出す気は無いようでそれはホッとした。
 既にぬいぐるみから興味を失ったのか、箸を手に取った彼は話題を変える。

「相楽の様子はどうだった?」
「私がやらかした事に対して、ペナルティが発生しなかった事に首を傾げていました」
「そうだろうな。一時は警戒される。注意を怠らぬよう、励みたまえ」

 相楽の立場に立って考えてみれば、訳が分からないだろう。
 人を襲った怪異をみすみす取り逃がしておいて、何のお咎めも無いなど。しかも強い怪異だったのならばいざ知らず、一度追い詰めた怪異を取り逃がした。こんなの、正直減給ものだ。

 ――もしかして。三舟さんって、機関の上位とも知り合いなのかな?
 ちらりと思い浮かんだ、会った事も無い機関のお偉いさん。彼のネットワークは広いので、一人くらい知り合いが居たっておかしくないのかもしれない。

 しかし、考えた所で答えが分かる訳でもないので、ミソギはようやく箸に手を着けた。チラ、と三舟の様子を伺う。

「三舟さん。それってお酒ですか?」

 ふん、と三舟は鼻を鳴らした。そして意外な答えを口にする。

「仕事中に飲酒などするものか。流石の私でも」
「へえ」

 ――三舟さんのこれって。何かの仕事なんだ。
 うっかりそう溢したのか、或いは知っている体でそう答えたのか。真相は闇の中だが、彼は『仕事で』ここに居るらしい。
 何の仕事なのかその内聞いてみよう。
 ぼんやりとそう考えながら、ミソギは刺身を醤油に浸した。