3話 アメノミヤ奇譚・下

11.相楽の苦悩


 だろうね、と同調したのは蛍火だった。彼は言うまでも無くツバキ組を代表する青札だが、その彼が同意の意を示したのは心強い。

「僕が雨宮ちゃんを診た感じ、意識は肉体に無いようだった。ならば意識はどこへ行ったのか、そのぎ公園以外にはあり得ないよね。この辺は3日くらい雨だと言うし、それに連動して公園にいる彼女が夢を視るというのは、完全に否定出来ない事象だよ」

 静まり返る病室。そんな中でミコと目が合った。可愛らしい笑みを手向けられて心臓が跳ねる。彼女は予知能力者、或いは未来視を持つ特殊な立ち位置にいる子だ。まさかとは思うが一連の出来事の詳細を知っているなんて事は――

「そういえば、ミソギさんは体調不良って言ってましたけど、大丈夫なんですかっ?」
「えっ。あ、ああうん。ちょっとお腹が痛くて。体調が回復した頃に、センターから電話が来たんだよね」
「わあっ! ありますよね、正体不明の腹痛って!」

 話をまとめましょう、と腕を組んだトキが言い放った。すでにこの状況に飽き飽きしているのか、組んだ腕から苛立ちが伝わって来る。

「ミソギが独りで公園に行くことはまずない。つまり、雨宮が語った事が事実なのでは? 研修時代からよく雨宮とミソギは絡んでいたようだし」
「うーん、色々訳分からない事はあるが、俺もそれに同意だな……」

 苦笑を浮かべた十束は恐らく、それ以外に気掛かりな事があるのだろう。今から雨宮と何の話をすべきか、など。一旦落ち着くまで十束はポンコツと見ていい。
 同期達が味方過ぎる中、相楽だけが釈然としない顔で呻っている。が、腹を決めたようだ。もう一度だけミソギの顔を覗き込んだ組合長は渋い顔で頷いた。

「――そうだな。それ以外に話が決着出来ねぇ。消去法というか、何となく誘導された感は否めないが。良いだろう、おっさんもグダグダ引き摺らず、それを真実として認める」
「相楽さん、何か気掛かりな事があるのならこの場ではっきりさせておいた方が良いと思いますよ」
「蛍火……。いや、いい。雨宮も検査で3日は入院だろうし、病室でやる話じゃなかったわ。それにな、何となくだがこの件に関してはこれ以上突いても何にも出てこねぇ気がするんだよな」
「と言うと?」
「これ以上突けば、何故か雨宮とミソギが嘘を吐いてるって結論に落ち着くからだよ。んな事する意味が分からん。嘘吐いてこいつ等にメリットは無い。しかも俺の疑いはただの勘だからな。証拠揃えてる連中に難癖付けられるレベルじゃない」

 そう、と呟いた蛍火がいつもの胡散臭い笑みを浮かべる。彼もまた、アメノミヤ奇譚について一度は考えるのを止めたようだ。

「解散しようか。病み上がりの雨宮ちゃんの病室で延々と暗い話をするのもあれだし、君はもう少し休んでおくれ。上手く行けば3日で退院出来るはずだよ」

 さあさあ、と促され病室から出る。不意に部屋の中を振り返れば雨宮が手を振っていた。何だか嬉しくなって、千切れんばかりに手を振り返したら、その手がトキに衝突。あわや喧嘩かと思われたが、意外にも寛大な心で赦してくれたのだがそれはそれで不気味だ。
 というか。

「何か濡れてるね、トキ達。着替えないと風邪引くよ」
「……貴様あの場にいなかったと言ったな」

 グルルル、と低く呻るトキに顔が引き攣る。いや実際はいたし、よくよく考えてみたら自分を捜す為に残っていたのだからとんだサイコ発言である。失言失言。

「――ん?」

 強烈な視線を感じた。ような気がして足を止める。周りを見回してみるも、同僚達以外にはいない。唯一、雨宮の隣の病室である302号室が開けっ放しになっていたが、ベッド周囲のカーテンは閉められている。人はいるらしい。

「どうかしたのか」
「いや、何か見られていたような気がした――けど、多分気のせいだわ。帰ろう帰ろう」

 眉根を寄せたトキが周囲を見回すが、やはり自分と同様に他者の姿は認められなかったようだ。

 ***

「どうしてあの場で聞かなきゃいけない事、聞かなかったんですか?」

 霊障センター執務室、部屋の主である蛍火が微笑みを浮かべながらそう訊ねた。対し、相楽は深く息を吐いて肩を竦める。

「収拾が付かなくなりそうだったからだよ。ミソギの態度からして何か隠し事があるのは分かるが、気が弱いからなあ……。強く聞いたら変に塞ぎ込みかねないし」
「どうかな。彼女、結構強かな所があると思うけれど」
「逆に雨宮は分からねぇな。アイツは隠し事が上手すぎる。つってもまあ、雨宮とミソギは確実に一枚噛んでるが。ま、ともかく明日は雨が止む前に白札も動員してそのぎ公園の探索だな」
「そうでしょうね。何せ、どうしていきなり怪異が消失したのかも分かりませんし」

 ミソギを捜していたあの時。そもそも数が減っていたように思えた怪異と、全く遭遇しなくなった。隅々まで捜索しない事には何とも言えないが、公園を覆っていた空気が軽くなった事から怪異は消滅したのではないかと漠然とそう感じる。
 何故、誰が、どうやって。怪異を消滅させたのか。自分達がやったのはミソギの捜索だけで怪異の消滅には貢献していない。

「誰がやってくれたんだ……。土着信仰神、つったら手順に沿って消滅させるしかねぇのに。黒札も不可、そもそも神だから完全に消滅させられるか、つったら微妙だしな。つまり、ミソギが実際あの場にいても力業じゃ殺せないって事だ」
「……まあ、そうですね」
「緋桜が人を寄越したのも意味が分からん。アイツ、うちの組合に何かしようとしてんじゃねぇだろな」

 女狐、そう呼称されている彼女の顔を思い浮かべて相楽はもう一度溜息を吐いた。後でミソギには緋桜の事について聞いてみよう。何も無ければ、緋桜と彼女は面識など無いはずだ。