3話 アメノミヤ奇譚・下

10.信用問題


「いいかい、ミソギ。君は今日一日、そのぎ公園には行かなかったことにするんだ。看護婦さんの一人に、体調不良だったと言ったんだろう?」
「言ったけど……それは無理が無い? 私、十束と公園で会ってるんだよ。ミコちゃんと氷雨? とかいう男の人もいたし」

 そういえばあの氷雨という男は結局何だったのか。あの場では聞く事も出来なかったが、新しい赤札の仲間なのだろうか。プレートを持っていたから、除霊師であるのは間違い無さそうだが。

「大丈夫さ。私は事情聴取に来た相楽さん達に、『夢を視ていた』話をするよ。そのぎ公園は異界だったんだろう? 私とアメノミヤはイコール出来るのだから、私が視た夢が異界に反映されたって事で処理出来るはず」
「て、天才じゃん、雨宮……!」
「アプリの件は事実だからね。えぇっと? そのアプリのルームは誰のスマホから?」
「いや、私の協力者曰く、私のスマホっていうかIDからだったみたい」
「そうか。なら、その辺りは私の夢と全く同じだね。いけるよ、これなら上手く整合性が取れる」
「私は体調不良のふりをしていればいいの?」
「そう。相楽さんに電話が繋がらなかったのは、私が君のスマホを操作していたからって事で押し通せるよ。君は嘘が下手だから、変に何か言おうとしなくていいよ。何も知らないふりをしていて欲しい」

 逆に。
 雨宮は嘘を吐くのがとても上手だ。流石は元演劇部の部長とはよく言ったもので、まず挙動に不自然さが微塵も出ない。話が矛盾していて初めて、何か彼女が偽っていると分かるのが毎度のパターンだ。
 態度からは、雨宮が嘘を吐いていると判断できない。
 つまり、ボロさえ出なければその嘘は真実に出来る。

 本来なら嘘を吐くだなんて心苦しい事はしたくないのだが、誓約書の件がある。上手く誤魔化せなければ、最悪、心臓が止まってしまう恐れがあるのだ。最早、上司に大嘘の情報を流す事に躊躇いは無かった。こちらは命が懸かっている――かもしれない。

 と、不意にポケットのスマホが振動した。慌てて画面に目を落とす。

「誰からかな?」
「トキだ……。どうしよう、居留守ろうかな」
「私が出ようか。君は飲み物でも買いに行ったことにしておくよ」

 ミソギが渡したスマホを耳に当てた雨宮が二言三言、電話の向こう側にいる人物と会話する。そしてすぐに通話を終了した。

「私の病室にみんな来るそうだよ。どうやら、君の事を捜していたみたいだったね」
「わーお、これ確実に何で連絡着かないんだよ、って怒られるやつじゃん」
「大丈夫、大丈夫。私達のでっち上げだと電話が繋がらないのは必然だからね」
「頼もし過ぎる……」

 ***

 20分後。
 病室には大勢が揃い踏みしていた。相楽にミコ、トキと十束に蛍火と南雲もいる。南雲は恐らく成り行きで着いて来たのだろうが、蛍火はそういえばセンターで見掛けなかった。珍しい事に、そのぎ公園へ駆り出されていたのだろうか。
 そして、例の氷雨とかいう彼はいない。恐らく無関係だったので、途中離脱したのだろう。

 空気は重い。雨宮の生還を喜ぶ一方で、公園で起きたありとあらゆる疑問が解決していない事を雄弁に物語っている。
 口火を切ったのは上司、相楽だ。

「あー、悪い雨宮。起き抜けみたいだが、ちょっと色々整理しなきゃならない問題がある。起きて早々に色々聞いて悪いな」
「いいえ。あと、私が目覚めてからもう1時間くらい経っているので。問題無いです」

 南雲の心配そうな目は雨宮ではなくこちらへ向けられている。そういえば、彼と雨宮は初対面か。後で紹介しておこう。

「何から聞きゃいいかな。取り敢えず、ミソギ、お前平常状態っぽいが公園に居たよな?」
「家に居ました」
「は?」
「あの、体調が優れなくて。お休みの連絡をしようと思ったんですけど、相楽さん、電話に出ませんでしたよね?」
「電話? いや、お前からの着信は……おっさんのスマホには入ってねぇな」

 私にもありませんね、とトキが淡泊に同乗した。

「ええ? 訳分かんなくなって来たな。アプリは? お前、公園に入ってルーム立てなかったか?」
「いや、知りませんけど。何の話ですか?」
「え、これまさか大筋から説明しなきゃならない感じか?」

 俺が説明しよう、と意気揚々といった調子で十束が頷く。三舟が自分にしたアプリの話と全く同じ話をもう一度聞かされた。それと同時に三舟の情報網があまりにも正しい事に感服する。渦中にいた訳でも無いのにこの情報収集能力。まさに化け物。
 変な所で感心している間にも話は進む。

「そのアプリなら、私だったかもしれませんね。いや、実は――」

 雨宮が先程の打ち合わせでした夢の話とアプリの話を同時に語った。相楽がどんどん険しい顔になって心底恐ろしい。説明を全て聞き終えた相楽は頭を抱える。

「いやうん。おっさんもさ、長年除霊師やってるから、公園で会ったミソギが実物じゃないって可能性を否定する事は出来ない。異界なら普通にあり得る。けどな、証拠数的にあれはミソギ本人だったんじゃねぇかなとも、思うワケよ。いや違うな」

 ちら、とこちらを盗み見るようにした相楽と目が合う。

「十束が会ったのが、ミソギじゃない別の誰かなら、本人だったとおっさんは自信を持ってそう言った。だが……失礼な話なんだが、ミソギが独りで公園に行ける度胸を持っているとは、思えない」