12.盗み聞きは基本
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午後6時。タクシーから降りたミソギは、普段は絶対に足を向けないであろう料亭の看板を見て身震いした。これ、一食幾らくらい掛かるのだろうか。しかもタクシーの料金は3000円くらい取られた。
三舟がタクシー代くらい返すと言ったが、長距離移動させられたのは組合の足が着かないようにする為だ。
恐る恐る戸を潜って中へ。和風料理店らしい。宿と食事処が繋がっているようで、着物を着た女性が三つ指着いて迎えてくれた。本日一番の緊張感に包まれていると言っても過言では無い。
「山田様ですね、お連れ様がお待ちです。こちらへ」
「あ。はい」
三舟が適当に山田という名前で食事部屋を一室借りている。間違い無いようなので、女性の後に続いた。歩く脚が震える。高級そう、空気すら美味しく感じてくるレベルだ。
「こちらの部屋となります」
そう言って恭しく一礼した女性はさっと離れて行き、廊下を曲がって消えて行った。戸を開けて中へ入る。
「遅かったな」
「いや、普通に場所分からなくて迷いました。運転手さんが」
「君の説明が悪かったのではないかね」
「というか、私と三舟さんが二人で高そうな店に来てると、通報されちゃいそうですね」
「無いとは思うが叔父を名乗るのでそのつもりでいるように」
「アッハイ」
個室をぐるっと見回す。すでにドリンクを飲んでいる三舟の目の前には2人用とは思えない大きな机が鎮座していた。また、前面畳。言うまでも無いが個室なので自分達以外の人はいない。
落ち着かないながらも、三舟の正面に腰を下ろした。駄目だ、高級嗜好など無いので勝手が分からない。
「政治家の密会ってこんな感じなんですかね」
「さてね」
「今日は打ち合わせで集まったんでしたっけ」
打ち合わせ、と言ってもこちらの用事は恙無く終了した。雨宮は起きたし、何となく疑われてはいたがやり過ごせた。
「ところで、君達は実に興味深い話をしていたようだね?」
「え? ああ、相楽さん達の事ですか」
「いいや。奴の話などどうでもいい。君と、雨宮の話だ」
眉間に皺が寄って行くのが分かる。雨宮の、いや相楽との会話もそうだが三舟はあの場にいなかった。まさかどこかで聞いていたのだろうか――
疑問が伝わったのだろう。三舟はポケットから黒々とした小さな機械を取り出した。最早聞くまでもなく、それがレコーダーである事が分かる。
「い、いやいやいや! いたんですか、センターに!」
「私はいないよ。とはいえ、前にも言った通り顔は広くてね。看護婦が病院にいて、おかしい事でもあるのか?」
「人が悪過ぎるし、え、何の会話の事を言ってます?」
相楽はともかく、雨宮にはあまり人に触れられたくない話題をして、更に謝罪までしている程だ。彼女との会話だけはプライベートの塊、なるべく人には聞かれたくなかったのだが。
「全てだ。君と雨宮の会話も、君と相楽達の会話も」
「それ、犯罪ですよ」
「今更だな。で、私が思った以上に君は強かだったようだな。いやあ、君の行いは人として最底辺を彷徨っているが、雨宮もまた狂人らしい。あんな事案、大抵の人間は赦さないだろう」
「……じゃあどうします? 私はもう、解雇にしますか。正直な話、自分の身に危険が迫ればあなたの事なんて捨てて逃げ出しますよ。私は」
「そうだろうな。しかし、それでいい。何、君が案外無能であるという事実は変わらないのでね。君が自らの身を最優先するのならば、私が下手な指示を出しても簡単には死亡事故を起こさないという事だ」
意図が分からない。自分なら信用出来ない味方は傍になど置かないだろう。とはいえ、三舟の勧誘方法は常軌を逸している。何があっても彼に信頼を置く事は無さそうだ。
「それで、相楽は明日の指示を出したか?」
「いやそれが、センター出てから相楽さん、いなくなっちゃって」
「蛍火と相談事だろうよ。明日は恐らくそのぎ公園の探索に1日を割かれるはずだ。知らぬ振りをして参加しろ」
「えー、また公園に行くんですか」
「それは口が裂けても言わない事だな」
「あと、三舟さんなら多分知ってると思うんですけど、明日から私は解析課の担当です。一ヶ月間ですけど」
三舟との契約期間は1年、一ヶ月くらい問題は無さそうだが。
「解析課に従事すべきだな。私が出る幕ではないだろう。必要に迫られれば連絡するが、私の登録名を三舟にするのは止めろ。画面を覗き込んだ人間に名前を見られる」
「いや、だから何でそんな事を知ってるんですか」
「そんな事はどうでもいい。巫女は何か言っていたかね? 彼女の未来視は私も予想が出来なくてね。事が露呈しているのなら手を打つ必要がある」
手を打つって具体的にはどうするんですか、とは聞けなかった。明らかに危険な匂いがする。
「ミコちゃんなら何も言ってませんでしたけど」
「人間同士の諍いは感知しないのか、知った上で自身の身を護る為に黙っているのか……。要検証と言ったところだな」
会話が途切れた頃に丁度料理が運ばれてきた。海鮮料理だ。
「凄く良いタイミングで入って来ましたね、お店の人」
「君はさっき、政治家の密会のようだと言っていただろう? つまりはそういう事だ。彼女等には守秘義務がある」
明日からどうなるのだろうとか、解析課の仕事って何をするんだろうとか、考えるべき事は色々あるのだが海鮮料理がちょっと信じられないくらいに美味しいので、一度思考を止める事にした。