11.強力な追加人員
「何をやっているんですか」
一人だけ黙々と、且つ的確に逃げ道を探っていたトキが呆れたように呟いた。その冷静さには痺れるが、ほんの少しで良いから慌てた素振りも見せて欲しい。何だか感覚が麻痺してくる。叫んでた自分が恥ずかしい、という意味で。
ともあれ、トキの処置は迅速で正確だった。
素早く懐から霊符を取り出し、相楽さんと掴み合いをしている怪異へと飛ばす。それが貼り付いたのを見るや否や、持っていた模擬刀を素早く抜き怪異に攻撃する。当然、刃は作り物なので日本刀のように相手を傷付ける事は無かった。しかし、怪異そのものは苦しそうに薄く呻いたようだ。
「この!」
その隙に相楽が怪異を押しのける。気味の悪い事に、地面へ転がされた怪異は呻くだけでのろのろとなかなか立ち上がって来ない。下手に起き上がられても困るが、それはそれで後味が悪く、この上無い不気味さを持っていた。
「逃げるぞ、南雲!」
「え、あ、うす」
右肩をトキに思い切り叩かれて我に返る。渋い顔をした相楽もトキの後に続いて駆け出した。
***
5分くらい走っただろうか。地図も見ず道なりに走ったが、ここはどこだろう。
「というか、相楽さん無事なんすか? 怪異と思いっきり接触してたけど」
「うん、おっさんも今から見るのが怖いわ。つか、明らかに無事じゃねぇ気がする。ジンジン痛いもん」
「えー、そっすよね。あんな奴にタッチされて無事なわけねぇっすよね」
「不安を煽るの止めて!」
見たくない、とボヤきながら相楽が着流しの腕の部分をたくし上げる。成る程それは無事とは言い難い惨状だった。
見た目には水ぶくれにも見える、粟立った肌。赤く爛れており、有害な物質を直に浴びたような状態と言えばそれが分かり易いだろうか。酷く染みそうな外見に思わず息を呑む。
「うっわ、ひっでぇ! にしても、変わった霊障っすね」
「あー、何つーか、あれ。あんまりにも水に浸かりすぎて肌が膨れたような感じあるな」
「放っておいたらそこから肌が破裂したりして……」
「お前なあ! 他人事だからって煽るような事を言うなよ! おっさん泣いちゃうぞ!?」
それはいいとして、とトキが強引に話を変える。何も良くは無いのだが、相楽本人も霊障については考えたくない事のようで、唐突な話題変換に異を唱える者はいなかった。
「最初の入り口まで戻って来ましたね。ところで、あれは相楽さんが呼んだのですか」
「は?」
入り口から少し距離があるそこ。今着いたのだろうか。見覚えのある車――というか、支部で貸し出ししているレンタルカーが停まっている。程なくして中から2人降りてきた。
片方は南雲もよく知る人物、鵜久森。もう一人の男性は誰だっただろうか。一度か二度は会った事があるはずだが、名前が出て来ない。
しかし、その名前は隣に立っていた相楽の口から聞く事になる。
「鵜久森、と……蛍火!? いや、俺は呼んでないぞ!?」
蛍火と呼ばれた男がこちらに気付いたのか、小さく手を振った。一方で手を振られた相楽はと言うと頭を抱えている。そんな彼に対し、容赦無くトキが訊ねた。
「呼んでいない、とはどういう事ですか」
「呼んでねぇって事だよ……。誰の指示で動いてんだろ、えー、また誤報の類か? 忙しいってのによぉ」
「では、あの2人には帰って貰うという事に?」
「いいや、いい。この際だ、手伝ってもらうとしようぜ」
「僕は誤報で来たのではなく、緋桜さんからの指示で来ましたよ」
話を聞いていたのだろう。迷いのない足取りで目の前まで迫って来た蛍火はそう言って怪しげな笑みを浮かべた。本能が告げる。コイツ、胡散臭いタイプの人間だ。
と、その怪しげな彼の話を補完するように鵜久森が説明を付け足す。
「今、こちらの仕事が終わったので来ました。緋桜さんは勝手にあなたの支部で赤札の人員を集めているようでしたよ。とはいえ、ほとんど出払っているので来られたのは私と彼だけですが」
「あの女狐、支部で勝手に何やってんだよ……。で、まんまとお前等は公園まで来たってか?」
落ち着いて下さいよ、と蛍火が笑う。
「何も、僕達だって緋桜さんの指示を鵜呑みにして来た訳じゃありませんよ。ミコちゃんが前の日から嫌な予感がすると僕に相談していた事だし、だから話に乗ったんです。それに、余所の組合長とはいえシカトする訳にもいかないでしょう?」
「分かったよ……。まあいい、手が足りないのも事実だ。来たからにゃ、しっかり働いてもらうからな」
事の経緯を説明しだした相楽を尻目に、南雲は首を横に振った。鵜久森は頼りになる赤札だし、この蛍火という男も青のプレートを掲げる神職者なのだろう。しかし、それでもあの1体だけのプレミアム怪異――アレに勝てるビジョンが全く浮かばない。
「先輩、蛍火さんって結局誰なんすか? 俺、全然会った事ない気がするんすけど」
「奴は霊障センター勤務だ。余程の事が無い限り、除霊師として働く事は無い。お前も、センターに入院すれば世話になるだろう」
「そういや俺、あまりセンターに行ったことねぇっす」
「その方が良い」
病院勤務なのか。そう言われてみれば、消毒液のような独特の匂いがしない事もないような。