10.ID解析の結果
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「俺思ったんすけど、このクソ広い公園で人一人捜し出すのって無理じゃねぇっすか?」
捕まれば即死亡、地獄のウォーキングinそのぎ公園と化している現状を指し、南雲は呟いた。前を歩いていたトキが苛立ったように舌打ちし、その一歩後ろを歩いていた相楽が呻る。
どうやら、皆口にはしなかったが現実的な問題として人を捜すのに苦労するであろう事は理解していたようだ。
「いやな、南雲。おっさんも実は割と最初からそう思ってた。でもさ、アプリでは会話出来る訳だし、案外上手く行くんじゃね? とも思ってた訳よ」
「で、蓋を開けてみたら音信不通って訳っすね?」
「うん、そういう事。それによ、他の場所ならその場に立ち止まって連絡待ちも出来るが、ここそのぎ公園だぞ。止まったら死ぬ」
「成る程。俺等と怪異との心臓ドッキドキ、持久走って訳ね」
「お前のネーミングセンスってさ、おっさんが言うのもアレだけど古くさくね? 俺が理解出来るネーミング、つったら20年前のネタだぞ」
そう相楽が苦言を溢した直後だった。再び彼のスマホが着信を告げたのは。音に驚いたのか慌ててスマホを取り出した組合長がそれをやはり慌てた様子で耳に押し当てる。
「おう、どうした?」
やはり先程と同様に事務的な言葉を二言三言交わし、すぐに通話を終了する。ただし今回彼の顔色はあまり冴えないものだった。
「何でしたか」
トキが足を止めず淡々と訊ねる。それがよ、と言いにくそうに口を開いた相楽は半ば自棄のように頭を掻いて今し方入手した情報を吐露した。
「アプリのID解析の結果、ミソギのもんだったってよ。意味分かんなくなってきたな、いよいよ……。南雲、ミソギには繋がらねぇのか?」
「えー、繋がんないっすね」
とはいえ、個人情報保護の観点からか繋がらない理由が、圏外なのか電源が落ちているのか、はたまた意図的に無視しているのかは不明である。しかし、アプリを扱っている以上、無視しているというのが正しいのだろうが。
一方で何らかのリアクションを取ると思われたトキは足こそ止めたが、表情は平常なそれだった。特に慌てた様子も、苛立った様子も感じられない。
「何かあったのでは? ミソギがID偽装工作の上、掛かって来た電話を取らないなどという大胆な行動が取れるとは思えません」
「滅茶苦茶言うよなお前! でも実際、アプリのIDが……いや、しかし確かにトキの言う通り、アイツにそんな度胸があるとは思えねぇわ」
「脅されてアプリ使ってるとか?」
相楽がゲンナリした顔をした。何言ってんだよお前、と言いたげな顔である。
「脅されるって誰にだよ。身代金目的の現代版山賊みたいな連中にか? 刑事事件なんだよなあ……。おっさん達の出る幕じゃねぇわ」
ああううう、とストレスを感じてか奇声を上げる相楽を見ていたところ、南雲は自分のスマホに緊急連絡のタブが光っている事に気付いた。アメノミヤ奇譚用のルームに投稿された、赤札の誰かが早く見るように付箋を付けたのだろう。
このまま話し合っていても答えには辿り着きそうにないので、呻る上司を尻目にアプリを開く。
「……あっ!?」
「何だ騒々しい」
射殺さんばかりの眼光でトキに睨まれたが、それどころではなかった。
「ちょ、先輩! 十束さんからメッセで、ミソギ先輩見つかったってよ!? いんじゃん、公園に! あでも、何か様子がおかしいみたいっすね。本人も何でここにいるのか分かってない的な」
「ハァ? 取り敢えず、アプリを触ったか訊くように言え」
「うーっす、了解」
「あと、どういう類の『様子がおかしい』のかも訊ねろ。肝心な事が書かれていないな」
「や、所詮はメッセージアプリっすから。長文打つのタルイし」
トキの注文通りの質問を打ち、一度画面を消す。あとは十束の返信待ちである。それにしても、静かだ。いや、人がいないから静かなのは当然なのだが――これはそう、嵐の前の静けさのような。
果たしてふと覚えた虫の知らせめいた予感は的中した。
視界の端で踊るゆらりとした2体の怪異の影。それが人の形をし、長く伸びた黒い髪が昆布のようだなと認識した瞬間、南雲は常日頃そうであるように叫んだ。
「ちょちょちょちょ! 来てる! 来てるぅぅぅ! 明らかに人じゃない奴が来てるっすよもおおおお!! やっべぇ、超赴きあるじゃん! 逃げましょう、先輩!!」
「やかましいッ!」
「はいッ! すんませんッ!!」
団体型怪異、奇譚組曰く『コモンズ』――2体セットで追って来ているが足は速くない。公園にいる怪異に言える事だが身体能力は決して高くないようだ。何と言うか、走ろうとする気配も無い。
チラチラ後ろを確認しながら逆方向に走る。しかし、相楽の一声で我に返った。
「南雲! 前! 前見ろ前!」
「へっ?」
並走していた相楽に横から思い切り突き飛ばされ、気付けば地面に転がっていた。しかし、持ち前の若さで素早く立ち上がる。泥とかその他諸々が付着したがそれに頓着している暇はなかった。
「うわぁ、相楽さん!?」
挟み撃ちの如く反対方向から迫って来ていたコモンズ1体と上司が取っ組み合いをしている。力が強いのか別の要因があるのか、振り解けずにいるようだった。