2話 アメノミヤ奇譚・中

06.誓約書の正しい使い方


「な、何でこんな物を……え、本物?」
「本物だとも。私は顔が広くてね。というか、製法さえなぞれば誰にだってこんな物は作成可能だ」

 神職者30人を易々と集められる人脈とは一体。それとも、機関の方に顔が利くという話なのか。どちらとも取れる言葉に呻る。この老人、言葉遊びがかなり上手だ。

「――ツッコミ所はたくさんありますけど、先に言っておきますね。これ、書いてある事を今読みましたけどそのぎ公園の怪異を倒せなければ、三舟さんが心臓麻痺で死ぬ事になりますけど。良いんですよね、そういう解釈で」
「ああ」

 正気かこの人。あの公園の怪異を「除霊出来なければ心臓麻痺で死ぬ」、なんて。この誓約書が本物であればあまりにも無謀と言わざるを得ない。彼は本当にそのぎ公園で起きたアメノミヤ奇譚を理解した上でここに来たのだろうか。
 まあいい、自分への契約欄に目を落とす。

「三舟さん、あなたの手伝いって私に何をさせる気なんですか?」
「それを君が知る必要は無いな」
「私の事、捨て駒にする気じゃないですよね? あなたの手伝いで私が死亡した場合はあなたも道連れって文言をここに書けるのなら考えますよ」
「成る程。良いだろう。ただし、君の不手際で私まで道連れにされては敵わないな。私の不備で、という付け加えを要求しよう」
「いや、良いですけど……」

 あっさりOK出された。危険な事の手伝いではないのかもしれない。明らかにヤバそうな人だし、何か危険な仕事に駆り出す気なのかと勘繰ってしまった。
 しかし、これは本当に誓約書にサインしても良いものだろうか。正直な話、この誓約書はよく似たニセモノだと思っている。実物を見た事は無いので何とも言えないが、ただの脅しの材料と思えなくもない。それ以前に――

「怪異の討伐方法を知っているのに、どうして機関に申請しないんですか? 人任せとか、そういう問題じゃなくて私ではなくもっと多くの人と討伐作業をした方が確実だと思いますけど」
「機関などどうでも良いのだよ。彼等は組織だからね。私がそれを申請したからといって、金以外の何かを貰える訳でも無し。今欲しいのは金銭ではなく、協力出来る除霊師なのだよ」

 誓約書を読み終えた。粗方の内容は以下の通りである。
 ミソギは『そのぎ公園』の怪異二種討伐方法を教わり、怪異の討伐に協力して貰う。代わりに三舟は、ミソギに自らの手伝いを1年間のみ申請出来る。ただし、ミソギが三舟の不手際で死亡した際には契約者も違反処置が下される。

「本当に機関に申請する気は無いんですね。なら、今、私がここで断ったら――」
「無論、私は善人ではないのでね。そのままお暇させてもらうとしよう」
「……えっと? これは方法を聞いたら私から申請しても良いって事ですよね?」
「構わないが、それはお勧めしないな。私は機関とあまり仲が良く無いのでね。君が私と連絡を取り合う事が出来なくなれば契約違反で違反処置が下される事になる」

 確かに。相楽に報告するにしても、三舟の話をしなければならなくなる。連絡差し止めなんかになったりすれば、まさに彼の言う通りの出来事が進むだろう。間違い無く、この誓約書には自分への口止めという牽制も含まれている。
 本来なら、こんな怪しげな勧誘に首を振る事は無いだろう。しかし、雨宮を救出する方法が他に無いのも事実だ。調べていたから分かる。逆引きでそのぎ公園の真相に辿り着くのは不可能だ。

 もう一度、上から下までじっくりと誓約書に目を通す。本物である可能性が僅かにでもあるのならば、本当に命の危機に瀕するまでは大人しく『お手伝い』とやらをした方が良いだろう。

「――分かりました。サインしますし、あなたと会った事は誰にも言いません」
「……ほう、そうか。ではこれからよろしく」

 サインするように強請ったのは三舟だったはずなのに、彼は眉根を寄せていた。何なんだコイツは。

 ***

「何をボーッとしているのかね。次だ」

 三舟の声で我に返る。頭の中に広がっていたセンター301号室の光景が消え失せ、代わりに現実が押し寄せてきた。相変わらず雨は止まない。好都合と言えば好都合なのだが。

「三舟さんは、どうして私に声を掛けたんですか?」

 すでに踵を返して次の目的地へと足を向けていた彼は振り返らず、僅かに肩を竦めた。

「使えそうだったから、という理由以外には無いな」
「そもそも、どうやって私の存在を知ったんですか。機関の人じゃないんですよね?」
「君の存在は初めから知っていたさ。とはいえ、それを思い出したのは図書館の貸し出し履歴を覗き見した時だがね。あのラインナップを見て多少なりとも使えそうだと思ったのだよ」
「知っていた……?」

 図書館の貸し出し履歴を勝手に盗み見なんて、最早ハッキングという犯罪の域だがそこには触れないでおいた。もっと気になる言葉をチラつかされれば、黙るしかなかったのだ。
 三舟が今度こそ振り返った。その目に感情は無い。ただのたんなる事実を告げるような無機質さだけを伴っている。

「私は君達が機関の研修を受けている時から、君達の事は知っていた。目を着けていた、と言えばそれが正しいな」
「君達って、私の同期達の事ですよね」
「ああ。白札など、何の役にも立たないからな。それに誰が言い出したのかはもう忘れたが、随分と便利なツールを作っている事だ。あのアプリ、確実に30日間は閲覧可能のままログに残っているのだから実に親切な事だよ。君達の行動を追うなど造作も無いな」