2話 アメノミヤ奇譚・中

07.正しい人選


 その言葉にゾッとして息を呑む。機関アプリにログインする為には機関員のIDが必要だが、それすら些細な問題に思えた。履歴を盗み見出来る人間が、不特定多数の使う掲示板のようなザルアプリを閲覧出来ないなんてあり得ない。
 という事は。細かな事でも連絡を取り合っていた訳で、今まで自分達がどんな怪異と戦い、そして除霊して来たのかほぼ全てが筒抜けだという事になる。

 恐々としたこちらの心を置き去りに、三舟は先程の問いを煮詰めるように言葉を紡ぐ。衝撃の事実に聞き流してしまうかと思われたが、更に信じ難い話が耳朶を打った。

「いや、君達は実に優秀だったよ。性能にせよ、人格にせよ。この中から手伝いを選ぼうと、そう思える程には」
「……アプリの情報だけで人を判断するのは、よく無いと思いますよ」
「いやはや、全くだな。トキは人間味が薄く愚直で扱い辛く、雨宮は異常な献身さで地雷が多い。ポテンシャルは高いが周囲の異人共に押し潰されがちな一般枠の十束――本当は彼に声を掛けるつもりだったのだがね」
「十束に?」
「ああ、そうだとも。彼は良くも悪くも非常に人間味溢れる人間だ。裏を返せば、反理性的とも言えるな。報酬をチラつかせれば乗って来ると思ったのだよ。とはいえ、君に至っては最初の時点で手伝い候補から外してはいたのだがね。人間とはよくよく分からないものだ」

 『お手伝い』とやらのお鉢が回りに回ってここまで来たのか。とはいえ、ミソギはその眉間に深い皺を寄せた。

「どうして私は最初から除外対象だったんですか」
「能力が足りない。君の霊力値は頭一つ抜けてはいるが、私が欲しいのはそういう面ではなかったのだよ。が、認識を改めた。君には力がある。事、命の危険を伴わない調査能力においては。尤も、君がそこまで友人思いな人間だとは思わなかったが」
「……はあ」

 やる気があったから雨宮の件を調べていただけで、調査能力が他3人より秀でているかと言われれば、そんな気は全くしない。速読の技術は同期達に遠く及ばないし、そもそも目当ての資料を見つける手腕などない。
 正直な所、三舟の人選ミスだ。買い被り過ぎである。
 そんな考えを読み取ったのか、前歩く三舟老人は肩を竦めた。

「ところで、君は周囲から一人では何も出来ない人間だと思われているな」
「……まあ、否定はしませんよ。私の特定条件は特攻型だから、一人だとペラい赤札ですし」
「いいや、君には秘めている才能が無いな」
「喧嘩を売っているんですか。流石に怒りますよ」
「――と、周囲の人間にそう思われている。だからこそ、君が雨宮を調べる為に図書館へ入り浸ろうが誰も何も警戒しはしなかったし、彼女の病室に執拗に出入りしても誰も危機感を抱かなかった。君以外の誰かが同じ行動を取ったのならば、直ぐさま監視を付けられていた事だろう」

 確かに、霊障センターには週1くらいで出入りしていた。最初は怪訝な顔をしていた蛍火も、最終的には自分が行けば茶くらい出してくれるようになったのも事実だ。そこに警戒は無く、哀れみだけが存在していたのだろう。
 畳み掛けるように紡がれる言葉が脳に浸透していく。

「君は今こうやって一人でそのぎ公園に来ているが、恐らくこの件を誰かに見咎められても適当な事を言っていれば受け流す事が出来るだろうな。何故なら、除霊師・ミソギはたった一人でそのぎ公園に足を向けられるような、無鉄砲且つ強い精神を伴う行動を取る事が出来ないのだと、そう思われているからだ」
「まあ、そうでしょうね。三舟さんが誘ってくれなければ、今日は普通に仕事に行ってましたよ」
「そういう訳だ。君は一人では何も出来ない可愛らしいお人形さんでは無いという事を、君自身が証明しなければ誰も今の現実を受け入れはしないだろう」
「お人形さんとやらを装っていろ、と言っているんですか」
「そうだ。君は今後も一人では何も出来ない、幼気な女性を演じていればいい。彼等もそれを望んでいるのだろうよ。では、今の仕事に戻ろうか。君には死なずに次の手伝いをして貰わなければ困るのだよ」

 三舟の言は一から十まで正鵠を射ていたが、そうであるが故に謎の悪寒が止まらない。怪異も心底恐ろしいが、彼の恐ろしさはそれらとは別だ。何せ、自分と三舟は昨日であったばかり。だというのに、ミソギという人間の本質を正しく理解しているのは脅威以外のなにものでもない。
 化け物でも見るかのような視線をその背に投げ掛けていると、こちらを振り返らず三舟が訊ねた。それが本当に疑問に思っているような声音だったからか、やや緊張感が解れる。

「――ところで、君は何故ここまでして雨宮を救いたいのだったかね。今更問う事では無いが、この程度の報酬で君が乗って来るとは思わなかった」
「病室でも言ったと思いますが、彼女と私は親友なんですよ。当然でしょう」

 僅かにほくそ笑む。そう、やはり初対面の人間が自分の事を全て知っている事などあり得なかった。雨宮の話題を頻りに出してくるので変な危機感を抱いていたが、間違い無い。
 三舟は、十束の視点でのアメノミヤ奇譚を元にして例の事件を語っている。