7話 ――さん

05.ファミレスでの駆け引き


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「――って訳。俺は俺なりに頑張って先輩達と仲良くなったんだよ」

 言いながら南雲はパフェの最後の一口を口に入れた。甘い。
 現在、ファミレスにはほとんど人がいなかった。昼の時間を過ぎ、微妙な時間帯だからだろう。お陰で声がよく響くので自然と声を小さくヒソヒソと話をする事になってしまった。
 店員が持って来た伝票を手に取る。男2人でのファミレスだったが、食べ盛りなのでかなりの値段になっているのが伺えた。正面に座っている十束は一時今まで聞いた話を反芻していたようだが、やがて穏やかな笑みを浮かべる。

「なるほどな。南雲、お前は案外ロマンチックな感じでトキ達と知り合ったんだな!」
「第一印象は全てだからな。普通に出会ったんじゃ、あの人等の間には入れなかったっしょ」
「はは! そうだな!」

 同期というアドバンテージを持っているからか、十束は自分の棘がある一言を感知しなかった。

「それにしても、七不思議の件は俺もよく知っているぞ。相楽さんの伝言を預かっていた赤札2人の片方は俺だしな!」
「ああ。そういえば、トキ先輩がムカつく吹き出しがあるって言ってたな。もう一人は?」
「鵜久森さんだ」
「あー、確かに。今思い返してみればそんな気もするな」
「南雲も紫門さんも、アプリでよく報告をしてくれるのに終了報告だけなかなか来なくて相楽さんが焦っていたぞ」

 ――あの時は俺も色々忙しかったんだよ、精神面が。
 心中で言い訳して溜息を吐く。トキの思わぬカウンターパンチのような発言に全てを持って行かれて、その他の事に気が回らなくなっていたのは事実だ。それだけの破壊力があった。カリスマ性とでも言うのかもしれない。
 思考の海から引き戻すように十束が訊ねる。

「そういえば呪詛返しの件はどうなったんだ?」
「や、それがいつまで経っても来なくて。時効になったんじゃね? まあ、俺の体感的にアカリちゃんはそんな事しねぇだろうなとは思ってたけどさ」
「怪異を怖がるのに、何故アカリは平気だったんだろうな」
「話が通じたからじゃね?」

 呪詛返しより何より、あの後に大変だったのは紫門を宥める事だったと記憶している。ミソギの言う通り、変態である事を覗けば完璧な紳士である彼。飄々とした態度ではあったが黒霊符を使用したトキに対し、深々と頭を下げていたのは心にくるものがあったと言えるだろう。
 トキ本人もそんな紫門に対し、化け物でも見るような目をしていたし、かなりレアな光景だったに違い無い。

 ついでに、支部へ戻れば今度は相楽に平謝りさせられた。あの一件も含めて、二度と黒霊符は使用したくないと思ったのは事実だ。

「そういや、『供花の館』の時も誰か黒霊符持ってたのかな?」
「いや、ツバキ組は現状、黒霊符の使用をほぼ全面的に禁止されているからな。この間の大事件は準備をする暇も無かったし、手ぶらだったと思うぞ」
「禁止されてる? 何で」
「呪詛返しのリスクっていうのもあるが、紫門さんがどの程度までそれに耐えられるのかも分からないのに簡単に黒霊符を使わせるな、と本部の連中が言っているらしい」
「ああ。そういやそうだったな。ま、使わない方が良いんだろうけど」

 知らないだろうから話しておくが、と十束が僅かに声を潜めた。

「本部の方では白札に黒霊符を持たせる、という話が進行しているそうだ。赤札はなかなか補充出来ないが、多少の霊感を持つ白札は幾らでもいる。補充が出来る、という事で」
「ええ!? それ実質、捨て駒って事じゃん」
「そうだが……。うちの組合ではそのルールは適用されないだろうな! 相楽さん自身が白札だし」

 そういえばそうだ。相楽は組合長なのでなかなか表に出て来ないが、彼は歴とした白札である。

「――まあ、何でもいいや。で、話は変わるんだけどさ。俺はこれだけ話したんだから、アンタも教えろよ。雨宮さんとやらについてさ」
「……それは奢るって事で手を打たなかったか?」
「俺は話すとは言った。けど、別に奢って欲しいなんて一言も言ってないし」

 手にした伝票を目の前で振る。一連の動作で言わんとする事を全て理解したらしい十束は非常に苦々しい顔で笑みを浮かべた。ややあって、降参と言うように両手を挙げる。

「はぁ……。お前、そういうところあるよな。これ以上、トキと険悪な仲にはなりたくない。俺の口からは教えられないから、支部の地下にある資料室へ行って『アメノミヤ奇譚』、というファイルを調べろ。そこにお前が知りたい事は概ね載ってる」
「ふぅん、やっぱ大事件だったんだ」
「頼むから他の奴等には言わないでくれよ。面倒な事になるのは分かってる」
「はいはい、了解っと!」

 伝票片手に南雲は立ち上がった。そこで不意に、あの七不思議事件で最後まで明らかにならなかった事について十束に訊ねる。何の事は無く、偶然思い出した疑問に対する答えを求めるように。

「そういえば、結局あの時の誤報って原因は何だった訳?」

 同じく立ち上がった十束が考えるように一瞬だけ動きを止め、そして首を傾げた。

「さあ……。そういえばあったなあ、そういう話。俺は何も相楽さんから聞いていないが」