7話 ――さん

06.会議室


 ***

 支部4階の会議室。
 広すぎるその部屋には相楽以外誰もいなかった。目の前には巨大なスクリーン。遮光カーテンが引かれているので室内は暗い。
 下りているスクリーンには6つの窓が表示されている。それぞれの窓に1人ずつ、或いは背後に他の誰かを控えさせて画面に映っていた。それを見た相楽は肩を竦める。その動作は画面の向こう側にいる人物達にも伝わっている事だろう。

「空席3つか? 良いご身分だな、おい。7人しかいねぇが、もうこれ以上増える事は無いだろ。始めようぜ」

 各地に散らばる支部と組合長。それらがコンタクトを取るのに、一カ所へ集まるのは非効率的だということでこうして、顔を直接付き合わせること無く大抵の会議は行われる。ちなみに今日は月に一度の報告会だ。さして重要だと思っていない組合長も多く、3席空いて7人しかこの場には出席していない。

「相楽よ。お前は重要な報告があるとの事だし、わたくし達が先に報告を終えても? とはいえ、こちらは何事も無く、滞りなく全てが進んでいるのだけれど」

 その言葉に同調するように、他6人が頷く。小さな怪異の事件はあれど、気に留めるようなものは何一つとして無かったようだ。予想の範疇だったので、相楽もまたその報告を適当に流す。
 やがて、報告の順番が回ってきた。

「で、相楽の坊やは? わたくし達も暇ではないのよ。簡潔にお願いするわ」
「おう。まあ、知ってる奴もいるだろうが『供花の館』の件だ」
「知ってる知ってる。とんでもない行方不明者数を叩き出したって噂の。本部長はお咎め無しって言ってたぞ。良かったな」

 一連の出来事を彼女の言う通り簡潔にまとめて話す。それを聞いた上での同僚達の態度は非常に乾いたものだった。

「そう。それは大変だったわね。で? だから何だと言うのかしら。まさか、注意喚起なんていう時間の無駄な発言ではないのよね?」
「ちげぇよ、本題こっからだからな。俺は一連の事件と――1年、いや2年前だっけ? の『学園七不思議』も、人為的に引き起こされた怪異事件だと推測してる」
「……またそれ? と、言うのは簡単だけれど。何故そう思ったのか聞きましょうか」

 確定した証拠があるかと言われれば、そんなものは無い。
 しかし、『供花の館』のストーリーじみた進行と怪異の親玉が人間霊という極めて異例な事態であった事。それは即ち、怪異に精通する何者かがただの人間霊に噂という名の力を与えた事に他ならないのではないだろうか。

「――そう、お前の言い分は理解したわ。けれど、七不思議の件は? 何故そう思ったのかしら」
「決め手は誤報だな。俺は断固として、夜の学校に除霊師を送り込むような馬鹿な真似はしていない。絶対に」
「でしょうね。確かにお前はそこまで馬鹿ではないわ。霊障の類ではなくて? 怪異の力が電子機器に影響を及ぼす、だなんて数十年前に発覚した事実。まさか、たかだか白札程度のお前の力で霊障を完全に防ぐ事が出来るとでも思っているのなら、勘違いも甚だしい」

 そう、そこを突かれると弱い。だがしかし、『供花の館』の件と併せて考えれば偶然の一致として片付けるのは危険だと思う。それに――

「おう、女狐さんよ。今日はよく喋るな。おっさん驚きだわ」
「……棘のある言い方。言葉には注意した方が良いのではなくて?」
「俺はアンタが必死に何かを隠してるように見える、つってんだよ。俺の勘違いならアンタがわざわざ介入する必要は無いはずだ。元々個人主義なんだから。アンタがやけに俺に噛み付いてくるのは、それが図星だからじゃねぇのか?」
「図星も何も、人為的な怪異であると決定付けられてわたくしが困る事があるのかしら? お前が馬鹿な事をしないように、面倒事を被らないように、わたくしは忠告してあげているのよ。坊や」
「そうかい。この際はっきりさせておくぜ。仮に怪異が人為的に引き起こされているとして。そんな離れ業が出来んのは、恐らく除霊師だけだ。それも、赤札或いは青札――そこそこの霊力を持っていて、怪異に対する知識も持っている連中な」

 ざわざわ、と画面の向こう側に居る同僚達が多様な反応を示す。当然だ。味方の中に敵が混ざっているのだと断定したような物言いをしたのだから。
 うんざりしたように、例の女狐が盛大な溜息を吐く。

「何のつもりかは知らないけれど、馬鹿馬鹿しい。お前の妄信的で確固たる証拠も無い妄言にはうんざりするのよ」
「そうでしょうか? 私は彼の意見を素晴らしいと思っていますよ! 夢があっていいではありませんか。それに、除霊師に頼らず怪異を駆逐出来る術を生み出す、それも可能ですよね。怪異を人為的に引き起こせるのならば!!」

 意見が割れる。組合長の中に裏切り者がいるのかいないのかはともかくとして、まともに取り合う姿勢を見せたのは2人。残りは彼女の意見に準じるようだった。そんなのは想定内である。彼女は謂わば機関の古株。表立って楯突きたくない気持ちは良く分かる。
 それにしても、意図的に情報を伏せられているように感じたのも事実だ。何を隠しているのか知らないが、組合全体が被害を受けている。解決しなければならない。

「ま、信じる信じねぇはお前等次第さ。俺は勝手に対策を取らせてもらうとするよ」
「というか、緋桜さんじゃないけど、ボク等が手を組むなんて今更だよね。みんな個人で活動してる訳だし。ま、緋桜さんは今回やらかしてるって事だけは忘れないでよ。あなた、相楽さんの言う通りいつもはあまり喋らないし」

 解散、の言葉を皮切りに窓から人が消えて行く。溜息を吐いた相楽もまた、スクリーンの電源を落とした。

 ***

 図書館で借りて来た資料を熟読していたミソギがそれに気付いたのは、背後で病室のドアを開ける音がしたからだった。個室である301号室にやって来るのは自分と十束、そして蛍火だけだ。
 十束と病室で出会した事が無い、その情報による先入観でまだカーテンの向こう側に突っ立っているシルエットへと声を掛ける。

「蛍火さん? 仕事、終わったんですか?」
「おや。私は彼ではないよ」
「……?」

 蛍火のものとは違う、低くて老獪な声。あまり若々しく感じないそれは、言う通り青札の彼のものではなかった。あまり危機感を抱く事も無く、カーテンを開けて入って来た人物を見上げる。
 スーツを着た老紳士と言った体の男性。割と体格が良い。機関の除霊師を示すプレートは持っていないので、一般人なのかもしれない。非常に不安を煽られる、意図の掴めない笑みを浮かべている。
 自分の知り合いではない。であれば、雨宮の知り合いだろうか。彼女の親なのかもしれない。入院しているのだし、親族が見舞いに来たって何らおかしい事は無いだろう。が、何故だろうか。どこかで見た事があるような気がする。
 考えているうちに、男が口を開いた。ミソギの考えを見透かすかのように。

「いや、関係の無い人間が個人の病室に現れて済まないね。しかし、私は君に用があったのだよ。ツバキ組エースアタッカーの赤札、ミソギにね」
「……すいません、どちら様でしたっけ?」
「そうだな、先の件――『供花の館』の件はお疲れ様だった、とでも言っておこうか」
「……あっ!?」

 それを理解した瞬間、丸椅子を転がしながら立ち上がった。
 ――この人、供花の館跡地に突っ立っていた男だ。