7話 ――さん

01.7つ目の七不思議


 本棟3階にて。唐突に雰囲気がガラリと変わったアカリを前に、南雲は数歩後退った。純粋に尻込みしたのだ。それはよく墓地やら廃墟やらで見掛ける浮遊霊とは違う。人を殺害しうる怪異の気配。
 しかし、それを前にしてもベテラン除霊師・紫門の対応はこなれたものだった。アカリに警戒しつつも、チラチラと手元のスマホに視線を落としている。この状況でアプリの住人に指示と意見を仰ぐ度胸。変態でなければ完璧なる紳士にして、誇るべき機関の除霊師だというのに。人とは本当に分からないものだ。

「で、ボクの推測なのだけれど――アカリちゃん、キミ、もしかして7つ目の七不思議なんじゃないかな?」

 紫門がスマホを仕舞う。眼鏡のブリッヂを上げ、そのままその手をポケットに突っ込んだ。
 そんな彼の動作に警戒する素振りも見せず、アカリはとても女子中学生とは思えない邪悪で老獪な笑みを浮かべた。そう、まるで年老いた年長者のような笑みを。しかし、小さな唇から漏れる笑い声は間違い無く少女のそれ。一層不気味さを掻き立てる光景。

「うふふふふふふ。お兄さん、どうしてあたしが七不思議だと思うの?」
「色々あるけれど、一番はミソギちゃんの近くで何度も絶叫を耳にしていたはずなのに、平然と振る舞っていたところかな。正直、ただの浮遊霊なら彼女が普通に喋っただけで溶けるし。開かずの間のように口封じをするとか、それなりに強い怪異でなければ、ね。耐えられるはずがないんだよ」
「……ふぅん、あの人、そんなに凄い人だったんだ」
「そうだよ。うちの組のメインウェポンだからね。さあ、最後の七不思議を説明して貰おうか。キミは確か七不思議巡りツアーの為にボク達に声を掛けたんだろう? 途中で仕事を放棄するのはよく無いんじゃないかな?」

 そうだね、とあっさりアカリは頷いた。7つ目は知らない、と先程まで豪語していたがその事実を忘れてしまいそうなあっさりさだ。そうして彼女は声を潜め、しかしどこかにこやかに蕩々と語る。

「七不思議の7つ目、『――さん』。
昔ね、学校の七不思議を調べようって学校の生徒4人が夜の校舎に忍び込んだの。男の子2人、女の子2人。私はあの時も今みたいに、彼等と七不思議を巡った。
 でも、彼等は普通の中学生だったの。あなた達と違ってね。最初に音楽室で女の子がピアノに食べられちゃった。次に開かずの間から男の子が出られなくなって、大鏡でもう一人の男の子がいなくなったんだよ。
 でも、最後に残った女の子は七不思議の6つ目までちゃんと回ったわ。賢い子だったからね。それで、もう彼女は帰るって言ったんだけど、校舎の外へ出られなくなっていて。それでね、仕方が無いから7つ目の七不思議に会う事にした。
 だから、『私』は彼女と会ったの。7つ目の不思議として。私は彼女にこう言ったわ。

 ――「七不思議の7つ目を知った子が、次の7つ目だよ」、って!

 だからつまり、今は『あたし』が七不思議。そして、次はあなた達の中の誰かが7つ目になってね!!」

 アカリの甲高い哄笑が響く。しかし、それは一人の口から発されていながら、まるで合唱のように多くの嗤い声が混ざっているようだった。低い男声、ハスキーな女声、小学生くらいの少女――とにかく様々だ。
 それを聞いた南雲は息を呑んで後退る。しかし、隣に立っていた紫門はその整った形の唇に薄い笑みを浮かべていた。

「成る程ね。だから七不思議を巡らせていたのか。時間稼ぎをするようだったら、キミは他の七不思議の小間使いでボク達を外へ出さないようにしている、って見方もあったからなかなか判断出来なかったよ。七不思議を全て巡る事に意味があったんだね」
「そうだよ! でも、あたし以外の6つもいつも人が来るのを待っているの。特にピアノと開かずの間、大鏡は最悪。いつまでも七不思議やってなきゃいけないのかって不安になってたところに、あなた達が来たの」
「果たして、ボク達の誰かが7つ目に成り代わったところでキミが開放されるかは分からないけれどね。まあ、その様子だと無理そうだ」

 不安定な口調、安定しない意識。そららを指し、紫門は嘲笑している。アカリはそんな彼の態度に少しばかりムッとしたような顔をした。

「……そんなの、やってみなきゃ分からないもん」
「それもそうだね。では」

 不意討ち。紫門がポケットに突っ込んでいた手から大量の霊符を取り出し、一斉にアカリへと放った。しかし、それは彼女に近付くや否や火でも着けたかのように燃え尽きる。ジジジッ、という不快な音が耳に届いた。

「うわっ! 霊符、全然効いてねぇっすけど!? ど、どうします?」
「どうもこうも無いね。退避しつつ、出来るだけダメージを負わせられるよう頑張るしか」
「ええっ!? 作戦が割と雑!!」
「――まあ、手が無い訳でもないけれど、切り札は切れば消える。ミソギちゃんの事も気掛かりだし、最終手段は出来るだけ取っておきたいね。いいかい、南雲くん」

 アカリが脇にあった教室の方へ手の平を向ける。何をしているのかと思えば、彼女は目に見えない何かを引っ張るように手を引いた。机と椅子のセットが、計3つ。狙い澄ましたかのように、それらが直線上に並ぶ。
 その距離を計算しながら、紫門が言葉の続きを口にした。何かを自分に伝えようとしているのは分かるが、タイミングが悪過ぎやしないか。