7話 ――さん

02.混ざり合う記憶


 しかし、そんな南雲の心中とは裏腹に、至極冷静に飛来物を避けつつ紫門が口を開く。インテリ眼鏡と出会った間もない頃は脳内であだ名を付けていたが、なかなかどうして素早い身のこなし。決して遅くはない速度で飛び回っている危険物を絶妙に回避している。

「いいかい、彼女は1人に見えるが『複合型怪異』の一種だ。開かずの間に溜まっていた雑魚霊達は違うから勘違いしないで欲しい。彼女はね、個にして団。見た目は女子中学生だけれど、とても強い怪異だ」
「それは……見れば分かるけど、今言う必要あった!?」
「ある。ボクが失敗した時に、君がどうすべきか知っていないと」
「失敗した時?」
「――下へ行こう」

 じりじりと後退し、気付けば後が無くなっていた。現状、取れる行動はアカリの横を走り抜けるか、階段を下りるかだ。言うまでも無く後者の方が適切だろう。あんな怪異に近付くだなんていくら何でも危険すぎる。
 不意に、『――さん』が口を開いた。くすくす、とどこからともなく嘲るような幼い嗤い声が聞こえて来る。

「次は紫門お兄さんが適任じゃないかな? 七不思議が不良生徒みたいなのだなんて、締まらないし」
「そうかな? ボクは我が強すぎて、別の怪異になってしまうと思うけれど」
「黙っていればカッコイイし、雰囲気もある。とっても良いと思う! それでね――」

 一段一段、彼女を警戒しながら下りていた南雲は、そうであるが故にすぐに気がついた。全く唐突、不意にアカリと目が合う。
 対岸の火事、危機感をあまり抱けない程に開いていた距離が瞬きの刹那に縮まる。目と鼻の先、互いの息が掛かる程の距離に。あまりに急な出来事で、呼吸すら忘れた。

「南雲くん!!」

 紫門に呼ばれて我に返るより早く、肩を押された。体勢を崩しながらも咄嗟に手摺りに掴まる。

「あ」

 茫然とした、愕然としたような声は誰のものだったか。自分のものだったかもしれないし、紫門のそれだったかもしれない。或いは出来事の発端であるアカリその人だったかもしれない。
 南雲を突き飛ばした反動で段を踏み外した紫門の身体が傾き、そのまま転がりながら下の階へと落ちて行った。
 静寂。
 じゃれ合っていた子供が、何かの拍子に相手を怪我させた時のような気まずい沈黙が流れる。ややあって、酷く冷静にしかしどこか無邪気にアカリが言葉を溢した。

「あっ! まあ、他にも人はたくさんいるし、いっか!」
「よくねーよ!! し、紫門さーん、生きてますかー!?」

 返事は無い。しかし、紫門の方を向くという事はアカリから視線を外すという事だ。このままでは紫門の様子も確かめられない。当たり所が悪ければ、最悪の事態もあり得る。というか、階段から転げ落ちれば怪我では済まないのではないか?
 しかも、この霊符も何も効きそうにない怪異とタイマン状態。軽く死ねる。
 どうにかしなければ。このままボンヤリ突っ立っていては、目の前の七不思議に捻り殺される。

「南雲さん」
「ヒエッ!? な、何だよ!」
「ミソギさん達はどこへ行ったんだっけ? あ、でもミソギさんは『開かずの間』のものなのかな。時計の時間は変えたし、あのキレイなお姉さんはフリーかも! あの人キレイだし、次はあの人で良いよね」
「ま、まあ確かに。ホラゲでも美人霊は強いって法則はあるけどさ……」
「じゃあ、南雲さんは退場で」
「ちょ、ま、待てって! 話せば分かる!」

 はい分かりました、と殺される訳にはいかないので待ったをかける。意外にもアカリは物珍しそうな顔をして一定の距離を保ったまま立ち止まった。

「……? 何を話すつもりなの?」
「や、それは、えーっと……何でアカリちゃんは七不思議になったんだっけ? あ、それは話したか。じゃあ、えー、い、生きてた頃は何してた!?」

 我ながら何を言っているんだとも思ったが、自分の問い掛けに一応は考える素振りを見せるアカリ。学校から獲物が逃げられない事を分かっているからか、余裕の振る舞いだ。
 ややあって、彼女は悲痛な面持ちで首を横に振った。オッケー、完全に地雷な話題だった事が発覚。が、悲壮感を漂わせながらも、彼女は口を開いた。

「あまり楽しくなかったかも……。シューズに画鋲が入れられてたり、教科書が無くなったり……。あと、SNSに悪口も書かれた……ような気がする」
「何かブレブレ! 古典的だなあと思ったら最近っぽいイジメの実体が明らかに!!」
「いや、画鋲はあたしじゃない……? あれ、でもあたしは友達と肝試しに来たから、イジメられてない?」

 色々混ざり合って、よく分からないものになっているのかもしれない。覚束無く、危うい記憶。そういえば彼女は、最初期に記憶が曖昧だ何だと言っていた。取り込まれて不安定な状態になっているのは想像に難くないだろう。

「高校に行きたかった」

 曖昧な言葉の羅列。その中にいやにハッキリとした言葉が混ざった。好かさずその言葉を拾い上げる。とにかく時間稼ぎが優先だ。

「高校に行きたかった? そう思うって事は、別にアカリちゃんイジメられてた訳じゃなくね? それって別の誰かだろ、多分」
「そうかな。ねえ、高校って楽しい?」
「おう、楽しいよ。部活に入るもよし、帰宅部で自堕落な生活を送るもよし。ま、俺は中退させられたけど」
「そうなんだ……でも、高校では美術部の先輩にいびられていやだったなあ」
「いやいやいや。アカリちゃん、中学生なんでしょ」
「あ、本当だ」

 ――何だこの会話。
 そう思いはしたが、良い感じに話をしてくれるので誰か助けに来るまでの繋ぎとしては優秀かもしれない。