03.烏合の衆
「――あ!」
侵入者に気付いた亡霊の1人が手に持っていたボールを構えた。今にも投げる気満々である事が伺える。ボールが浮いたのは視えているらしいトキが舌打ちして一歩下がった。ただし、逃げ出すつもりは無いようだ。
「と、トキさん、どうします?」
「どうもこうも、表のシャッターが閉まった原因はここだろう。貴様、ここにいる怪異が視えると言ったな。全て斬り伏せる、場所を教えろ」
「ええ!? かなり数いるって!」
「関係無いな」
ボールが一つ飛んできた。一歩前に立っていたトキが、それを身軽な動作で躱した為に逸れたボールが南雲にブチ当たる。バスケットボールだった。なかなかに痛い。
が、続く光景を観た南雲は血の気が引く音を鮮明に聞く事になる。
ポツポツとボールを持っていた霊達がいたのは分かっていたが、どれの仕業だろうか。ボールが入った鉄製の篭が横倒しになり、大量のボールが転がり出ている。ボールを拾った亡霊が胡乱げな目でこちらを見ていた。
――今にも、転がっている大量のボールが飛来しそうだ。
1つ1つは大した事の無いボールも、あれだけ一気に飛んでくれば怪我では済まないだろう。
「ちょ、ヤバ……」
「口を開いている暇があるのなら退避しろ! いいから、一度体育館から出ろと言っているんだッ!」
「えっ、あ、はい……!」
半ば押し出されるように体育館から叩き出される。トキが開けた時同様に開いていた鉄扉を凄まじい勢いで閉めた。
一瞬の間を置いて、扉にボールがぶつかる、最高に破壊的な音が響く。その重々しい音といい、明確な殺意のようで背筋が粟立つ。ただし人ならざる強メンタル保持者のトキはというと、荷物の中から塩を取りだしていた。
「ちょ、それどーすんだよ!」
「数は多いようだが、私の目に写らないあたりナメクジのような雑魚霊なのだろう。これで四方を塞ぎ、体育館に閉じ込める」
「ええっ!? それ、根本的な解決にならないじゃん!」
「解決する必要がどこにある。動けなくしておけば、後は白札でも処置出来る。あのボールは厄介だがな」
「や、そもそもボールが飛んで来るってのにどうやって体育館の中に入るんだよ!」
「貴様何の為に霊符を持っている」
心底呆れたような顔をされた。
そんなトキは再び懐から何かを取り出す。今度こそ霊符だった。汚れ一つない白い紙に書かれた読めもしない達筆が今では何だか頼もしい。
しかし、本来1人につき数枚しか配布されないはずの霊符を彼は異常な枚数所持している。どのくらいかと言うと、厚さ2センチくらいだ。これは一体、何枚あるのだろうか。謎である。
「それ、どうしたんだよ」
「学校へ乗り込む際、相楽さんに貰った。まさか使う事になるとは思わなかったがな」
「あ、ああ、そう……」
「ボサッとしていないで、塩を盛れ。動きが鈍いぞ」
「う、さーせん……」
ミソギがアウトローな除霊をするのならば、トキはまさに堅実な除霊を用いる。非常に勉強にはなるが、焦っている時にこうするべきだと冷静に判断出来るかと問われれば微妙なところだ。
大量の霊符を扇のように構えたトキが、タイミングを見計らったかのように扉を開け放つ。それと同時に所持していた霊符の半分を飛ばした。
恐らく適当な方向へ放ったのだろうが、吹けば飛ぶような霊達の集合体。テロよろしく滅茶苦茶に放たれた霊符は近くに居た霊から溶かし、体育館内部を混乱の渦へと変える。
――が、それは間違い無くトキには視えていない。
「盛った塩を寄越せ」
「うーす。これでいいすか」
盛り塩を盛る用の紙。それへ芸術的に塩を盛った南雲は、こちらを見向きもしないトキの手にそれを乗せた。ボールの動きに警戒しつつも、1つ目の塩を設置。残り3カ所。
「霊とやらはどこにいるッ!」
「どこにいるも何も、アンタが滅茶苦茶するから今は遠巻きにしてる」
「ふん、雑魚が。怯えるくらいならば、最初から面倒事を仕掛けてくるな!!」
トキの滅茶苦茶な暴論に霊達がざわざわと困惑した様子で口々に何事かを呟く。勿論、ずかずかと中へ入って行くトキから距離を取りつつだ。
「うわー、何かアンタ小言? 言われてっけど」
「知らん。言いたい事があるのなら、直接私の前へ来て言え」
「アンタ視えてないじゃん……」
「というか、歩きにくいぞ。もっと離れろ、鬱陶しいッ!」
「怖いんだって!! いつ噛み付いて来るかわかんねーだろ!!」
「はァ? 応戦しろ、以上だ」
ピッタリくっついて移動していたら、とうとう邪魔だと言われた。しかし無理矢理引き剥がしに掛かっては来ないので、特に距離を開けること無く進む。体育館の床も見えない程に溢れ返っていた霊達はモーゼよろしくトキが足を向けた先から割れるように逃げていっている。
そんな中、果敢にももう一度ボールを手に取る霊の集団を発見。3、4人だが手には2つずつボールを持っている。
「トキさん、こっち狙ってる奴いるんすけど」
「何?」
「うわっ、投げてきた!」
トキにチクっていたら激昂した霊がボールを投げつけて来た。こちらの会話を理解している事が伺える。