4話 体育館のボール

02.体育館


 この手の話は深追いすると碌な事が無い。自分は当事者ではなく、所詮は第三者だからだ。部外者には部外者にしか出来ない事がある、それは否定しない。しかし物事の解決は当事者間でしか出来ないものである。
 聞き手側の立ち位置を誤ってはならない。不用意な部外者の一言は要らない軋轢を生み出す事になりかねないからだ。

「聞いた限り、ミソギ先輩には一人になる時間が必要だと思うけど。その、犠牲者? とやらが友達だったのなら、数日やそこらで立ち直るなんて無理っしょ」
「気を落として何になる。居なくなった人間の事を考えている間に、今居る人間が居なくなる事の方が馬鹿らしいだろうが。それに関しては悼みもするし、同情もする。だが、仕事は仕事。他人には関わりのない話であり頭を切り換えるべきだ。お前は、自分の友人が死ねば一緒に死ぬのか? 違うだろう?」
「ン? い、いやいやいや! ちょ、アンタまさかそれ、先輩には同じように言ったわけじゃないよな!? いくら人事だからって、流石にそれは不謹慎だと俺は思うけどなあ!」

 思わず大声を上げて立ち止まれば、前を歩いていたトキもまた怪訝そうな顔をして立ち止まった。その訝しげな顔が、何よりも自分が何に対して大声を上げているのかをちっとも理解していないようで、不安が煽られる。

「ちょーっと整理させてくれよ。えぇっと? アンタ、先輩が居なくなったらその十束って奴に対しても同じように振る舞う訳? 友達死んでんのに、「落ち込むんじゃねぇ!」、みたいな」
「十束と面識があるのか、貴様は。あの死にたがりについては知らん。それに言ったはずだぞ、『次』はない。あれが居なくなれば次に気を掛ける相手などいない。私はその事実に、あと数ヶ月早く気付くべきだった」
「な、何だその悲劇性が見え隠れする発言は……! え、あれ? 犠牲者さんは……」
「それも友だった」
「共通の友達か……! えー、ちょっと俺、アンタの事がまるで分からなくなってきた」
「私以上に私を知る者などいる訳が無い。順当だな」
「だとしたら、やっぱりアンタが俺に言った言葉は共感性が死んでるとしか思えないわ」

 状況を整理しよう。
 犠牲者さんとやらはミソギ、トキ共に友人関係であった。しかし、犠牲者が犠牲者になってしまった段階でトキはすぐに立ち直り、ミソギは未だに調子を崩しているという事になる。
 残念ながら、誇っているはずのコミュニケーション能力と共感性をフル動員しても、まるでトキに共感する事が出来ない。
 逆に、ミソギの人らしい態度には酷く共感出来る。手に取るようにその痛みが伝わってくるかのようだ。

 ただし、トキの言葉は理論的には理解出来る。彼の言葉は揺るぎない正論だからだ。理屈そのものは分かり易い程に分かり易いと言える。
 しかしそれは――人間の感情を切り取った場合の、機械的な行動を指してという意味だが。本来こういった正論は部外者が吐くからこそ、当事者達の頭が冷えるというもの。渦中に居る当事者達は感情に流されやすくなっており、本来こういった意見は出ない。というか、出せない。

 南雲は恐々とした眼差しで再び歩みを再開したトキの背を見る。
 今日一番の怪談は間違い無く彼だ。義理と人情を持ち合わせながら、同時に機械的な正論を振りかざす。その矛盾をモノともしない強い精神力。人の精神構造と彼の精神構造は異なっているのかもしれない。

 とんでもない化け物と行動を共にさせられているが、取り留めのない思考はボールの跳ねるような音で中断させられた。周囲を見回してみるも、当然トキはその手にボールなど持っていない。
 彼の身長が意外にも高いのでよく見えなかったが、目を凝らしてみれば音楽室にあった扉と似た、鉄扉が鎮座していた。

「何の音だ、これ……ボール?」
「七不思議の類か? アカリがいないから何とも言えんな。中を改めてみるぞ」
「え? えー、マジで?」

 止める暇も無く、トキが扉を開け放った。重そうな鉄扉だったが、片手でだ。結構な腕力お化けである。
 ざりざりと砂利か何かが引っ掛かる音を奏でながら、視界が開けていく。
 見えて来た光景に南雲は情けなく息を呑んだ。

「ヒィッ……!!」

 まるで生徒が授業でもしているかのように、大人数が散らばって体育館の中で活動している。というか、特に統率された動きでも無く好き勝手に動き回っている。ひしめきあう人、人、人――
 中にはボールを投げている者もいるが、断言出来る。これは生者じゃない。

 亡者達がこちらを見る。扉を開ける音で侵入者に気付いたのだろう。楽しそうに跳ね回っているように見えたが、よくよく観察してみると彼等彼女等は皆一様に無表情だ。そのギャップに悪寒が止まらない。

「や、ヤベェ……なんかこっち見てる」
「こっちを見ている? 何かいるのか。私にはボールが転がっているようにしか見えないな」
「えええええ……」

 確かに、トキは虚空を見つめている。何かいる時に取る行動では無いし、一番見るべき部分から焦点がずれているのが伺えた。つまり、信じ難いが、彼にはこの惨状が一切見えていないのだろう。