4話 体育館のボール

01.道中会話


 南雲とトキは来た道を引き返す作業に移っていた。はぐれたミソギ達と再会する為である。

「うわっ、あれ? これ防災用シャッターか? えー、何でこんなもん下りて来てんだろ……」

 再び別棟に戻ろうとしたが、何故か廊下の始まり部分にシャッターが下りて来ており、通り抜ける事が出来ない。目に見えてトキの顔が苛立ちに染まった。

「おい……。どういう事だこれは。来た時は開いていたはずだぞ……ッ!」
「そ、そんなん俺に言われても。えー、何か理由とかあんのかな」
「チッ、戻るぞ。立ち止まる訳にはいかない」
「ええ? でも、引き返したところで何かあるとは思えないじゃん。つか、この先は何があんの?」
「だから! それを確かめに行くと言っているッ! 着いて来ないのならばそこで永遠に愚図っていろッ!!」

 置いて行かれる訳にはいかない、と南雲は慌ててトキの背を追う。彼は一人でも平気な質なのだろうが、自分は放置されると確実にちびる。待てよ、と走るが彼の足は速くも遅くもならなかった。

 不意に案内板を発見する。どうやらこの先には体育館があるらしい。

「この先、体育館みたいだけど。確実に行き止まりじゃん……」
「煩い。シャッターの原因があるかもしれないだろうが」
「ああ、成る程ね。アンタ、短気っぽいのに細々した事やろうって気はあるんだね」
「やらなければならない事をやっているだけだ」

 こちらが口を噤むとすぐに静寂が満ちた。黙っているのも怖いので、あまり弾まない会話を無理矢理続けようと口を開く。基本的にこちらからアクションを起こさないと、トキの方は黙々と作業をするようなタイプだからだ。

「出会った時から聞こうと思ってたんだけどさあ、アンタ、ミソギ先輩と超絶相性悪くない? 何で連んでんの? 一人で行動する必要は無い、つってたけど、ならもっと連みやすい奴と連めばいいじゃん」

 黙々と前だけを向いて体育館を目指していたトキの足が一瞬だけ止まり、ちら、とこちらを一瞥する。この話題は彼にとって琴線を刺激する話題だったのだろう。
 他人を考察しているうちに、恐怖を忘れられそうだし興味深い話題でもある。
 半分は愉快犯の気持ちで、「どうなんだよ」、と南雲は続きを促した。呆れたような溜息を吐いたトキその人が再び前を向いて歩く速度が戻って来る。

「貴様の言う相性が何なのかは理解出来ないが、あれは最近、機嫌が悪い。私が言うのも何だが、少し前まではもう少し円滑な関係を保っていた」
「円滑、って……。人様とトラブル起こしやすそうなアンタが言うと、こう――何て言うんだっけ。こういうの」
「滑稽だと言いたいのか? 貴様はもう少し母国語を勉強しろ、馬鹿」
「う、サーセン……。それで? 何で結局連んでんのさ」

 この話題をまだ続けるのか、ボソッと呟かれた一言は辺りが静かだった為ダイレクトに耳に飛び込んできた。が、聞こえないふりをする。

「何故も何も、放っておく訳にはいかないだろう。私という人間は扱い辛く、そして関係を築きにくいと十束の奴が言っていた」
「まあ、否定はしないけど。つか、十束って誰……」
「折角出来た友人を失うのは勿体ない。何せ、私には今の人間関係が無くなった場合の『次』は無いからな。それに、研修時代にも世話になっている。調子を崩して付き合いがし辛くなったからと言って簡単に放り出すのは、嘘だ」
「えー、分かり難いけど、ミソギ先輩とは友達としてよろしくしときたいって事? アンタって面倒臭いし難しい事ばっか考えてんだね」

 ――義理堅い。付き合いにくい人物ではある、それは否定しないが懐に入ってしまえばこれ程に安定感のある人物は稀だ。言葉の端々に滲む自身に対する確信を持った一言は、置き換えれば「自分自身の発言を裏切る要素は無い」事を裏付けているかのようだ。
 聞き手に置き換えてみれば彼の発言ほど信用に値する言葉は無いだろう。清廉潔白、彼は自分自身を自分が一番理解しているその事実を理解している。

 結論、彼と話をするとまるで人間では無い存在と話をしているかのようだ。
 良くも悪くも突き抜け過ぎていて、一周回って何を考えているのかが分からない。そりゃ友達も出来ないなと納得さえしてしまうようだ。少し踏み込んだ話をしてみると、彼が如何に他人とは違う世界を生きているのかが見えてしまうようだ。

 ミソギの顔がチラつく。出会って1時間程度しか経っていないが、助けて貰った礼だ。何とはなしに仲を取り持つ努力をしてはみようと思う。我ながらなんてお人好しなのだとは思うが。

「トキさんの言いたい事は分かったけど、先輩に嫌われてるのなら距離とか置いた方が良いんじゃね?」
「前までは良好な関係だった。が、少し前に事故が起きてから塞ぎ込んでいる。相楽さんに休みの申請をし、数日休ませてはみたがこれ以上は待てない。独り暮らしが何日も休むと生活に差し障る」
「トラブル?」
「あまり深く話したくはない。良く喋る口は信頼を損なうからな。ただ、近しい者が一人犠牲にはなった」

 ――それはトラブルというか、大事故なのでは?
 さらりと言ってのけたが、トキにとっては大事故ではなかったのかもしれない。あくまで、ミソギの身に降り掛かった悲惨な話。そんな体である。