06.アカリちゃん
生首の怪異がいなくなったからか、廊下は先程とは打って変わりあっさりと抜ける事が出来た。端から端まで早歩きで1分弱と言った所か。何て短い廊下なのだろう、と感動してしまった程である。
そうこうしているうちに、1階の靴箱まで辿り着いた。トキが玄関のガラス扉を押す。ガチャガチャ、と鍵が掛かっているような音がした。
「鍵、掛けたままじゃね?」
何かマズイ事でも言ったのか、トキもミソギも一瞬だけ押し黙った。ややあって、ミソギが戦慄したように呟く。
「いや、私達……すぐにここから撤退するつもりだったから、玄関のドア、鍵を掛けて来なかったよ」
「……えっ。ちょ、止めて下さいよ先輩! 俺を怖がらせようたって、そうはいかないっすよ!」
「君を怖がらせる事で私に何のメリットがあるの」
「先輩、時々ビックリする程ドライっすよね」
一応、ドアの鍵を調べていたトキが頭を振る。
「鍵は掛かっていない」
「えっ!? じゃあ、立て付けが悪いとか? 俺、ドア押そうか?」
「止めろ。器物損壊で刑務所に行きたいのか、貴様は。何か霊的なものが作用しているはずだ。中を調べるぞ」
「ええ!? また中に戻るのかよ! さっきの生首が襲い掛かって来るかもしれねーのに! 何か、他にもドアを開ける方法が――」
「そこ、今は開けられないと思うよ」
差し込まれた声にミソギを見やる。しかし、彼女は青い顔で首を横に振った。「今のは私が言った言葉じゃない」、と震える声でそう言う。
険しい顔をしたトキが南雲を通り越して背後の空間を睨み付けた。
「誰だ貴様は。霊の類だな、そこに直れ! 今すぐ昇天させてやるッ!」
「ま、待って待って! あたしは別に、お兄さん達の邪魔をしようと思って出て来た訳じゃないの!」
ゆっくり、ゆっくりと南雲は振り返った。
直ぐ後ろ、もしうっかり自分が後退りでもしたら彼女とぶつかってしまうだろう場所に、それはいた。
青白い淡い光を撒き散らしながら、酷く不安定に立っている。制服を着ているので、女子中学生なのかもしれない。季節外れのブレザーと、真夜中の校舎に平然と佇むその姿が彼女をこの世の物でない事を決定付けている。
目を見開いたミソギが口を開けた。それは悲鳴の形に開かれていたが、ギョッとしたトキが手でその口を塞ぐ。もごもご、と苦しそうな声が漏れた。
「待て、今は叫ぶな。コイツ、何か現状について説明出来るかもしれない」
「そ、そうだよ! あたしは、お兄さん達が困ってるのかなー、と思って声を掛けただけなんだから!」
――少し落ち着いてきた。
少女の、これは霊だろうか。ともあれ、少女があまりにも人間らしい振る舞いをするので少しだけ毒気が抜かれたのかもしれない。大きく息を吸って吐いた南雲は、平常心を僅かばかり取り戻した。
それはミソギもまた同じだったようで、青い顔をしているがいきなり叫び出す気配は無い。
全員が一先ず落ち着いたのを見計らって、険しい顔をしたトキが少女を問い詰める。
「おい、出られないとはどういう事だ。というか、貴様は何だ?」
「あ、あたし、えーっと……名前は、そう。アカリ! 中学2年生だよ」
「正確には『だった』が正しいな。今はとやかくは言わんが、早々に成仏する事を勧める。で、何故私達はここから出る事が出来ない?」
――コイツ精神どうなってんだよ。何で当然のように霊と会話してんだろ……。
そう思いはしたが、口を挟んで怒られたくなかったので突っ込み所に溢れる光景を無理矢理スルーする。機関には変わった人間が多くいるが、彼はその典型例と言えるだろう。
アカリがトキの問いに曖昧極まり無い答えを寄越す。
「何だかよく分からないけど……。あたしがここに居座る前からいる、何とかってお局様みたいな人? 妖怪? 霊? みたいなあの人達が、出られないようにしているらしいの」
「それは怪異の事を言っているのか?」
「そうそう。何だっけ、七つあるやつ」
「七不思議」
「それだ! 何だか、最近物忘れが酷いけど、思い出してきた。七不思議だよ、七不思議!」
そうか、と呟いたトキが何事かを考える素振りを見せる。ややあって、アカリに訊ねた。
「七不思議の全てをお前は知っているのか?」
「うーん、うん、知ってる!」
「知っているのなら、七不思議のテリトリーに案内しろ。玄関を開けさせる」
「分かった! どうせ暇だったし、お兄さん達はあたしが視えるみたいだし、案内してあげる! 喜んでよね!」
パッと表情を明るくしたアカリが笑う。身体こそ所々透けているが、この仕草だけ見ると本当にただの中学生のようだ。
ところで、とトキが再び訊ねる。
「廊下で生首と出会った。あれも七不思議か」
「あ、それ知ってる! 何か昔に友達が言ってたんだけど、ここの学校、元は処刑場だったんだって。だから生首が出るの」
「ありがちだな。処刑場の跡地に学校など建てるものか。実に頭の悪い七不思議だ」
こっちだよ、とアカリが誘導を始めたのをトキが追う。ミソギが一瞬だけそれに着いて行くのを躊躇ったものの、玄関にはいたくなかったのか渋い顔で歩き出した。
「ねぇ、先輩。今から俺等、あの霊について七不思議巡りするって事でオッケーっすか」
「……そうなんじゃない」
――不機嫌。
トキに色々勝手に決められた事が不快だったのか、或いは亡霊に学校案内されるのが嫌だったのか。両方かも知れないな、と南雲は嘆息した。