01.同僚の情報
学校霊、アカリに導かれ暗い廊下を進む。霊とはいえ、この中学が母校である事に変わりはないのかその足取りに迷いは無い。
「近場の七不思議はどれだ」
トキの問いに対し、不意に何かを思い出したようにアカリが手を打った。ただし、やはり霊は霊なのか、打った手の音は全く廊下に響くこと無く消えた。
「あのさ、ここからはかなり遠いんだけど、音楽室にお兄さん達と似たアクセサリーを着けたお兄さんがいたよ。そっちに先に行く?」
「は? アクセサリー? プレートの事を言っているのか?」
「それ! お兄さん達と同じ、赤色のやつ!」
確認するように彼は首に提げたそれをアカリに見せた。彼女はそれだ、と頷いている。
勢いよく、トキが南雲の方を振り返った。何を訊かれるかはすぐに分かったので、首を横に振る。
「や、俺は他の人とは会ってねぇよ」
「貴様が不用意に救援を流したせいで禄に確認もせず学校に乗り込んだ馬鹿がもう一人いる、という事か?」
「そんな事言うけどさ、アンタも俺の救援を見てここに来たんじゃねぇの?」
「事前に相楽さんと連絡を取った上でここにいる。誰が見ず知らずの他人の為に、危険な学校になど乗り込むものか、馬鹿め」
黙っていたミソギが、恐る恐るアカリに訊ねた。
「それで、音楽室にも……何か七不思議があるの?」
「あるよ! 音楽室はね、夜になると誰も弾いていないのにピアノが勝手に鳴るの。その音を聴いた人は、死ぬまでピアノを弾き続ける事になるんだって」
「中学生の考える七不思議って、割とエグいよね」
「七不思議なんてそんなものだよ! あ、でも。ドレミも全然分からない音痴の人は平気らしい!」
ミソギがトキを伺おうと顔をそちらに向けたが、トキの方もまたミソギを凝視していた。何とも形容し難い、気まずい空気が満ちる。ややあって、先に口を開いたのはミソギの方だった。
「トキ、音楽は全然駄目って言ってたよね? 音楽室を覗く役目、お願いするから」
「人に押し付ける気か? お前も音痴だろうが」
両方共、音楽とは縁が無い生活を送っているらしい。しかし、意見が対立したからか、ミソギの視線が南雲へと向けられる。
「君は? 芸術系は軒並み駄目そうだし、どう?」
「や、どうもこうもねぇっすよ。俺、音楽は得意なんだって。書道とか美術は苦手だったけど、音楽は成績良かったし。俺はその音楽室には入れないっすね。つか、俺の事そんな風に思ってたんすか? 偏見はんたーい」
「あ、そう。じゃあやっぱり私かトキが行くしかないんだ……」
――あ、何か分かんねーけど、音楽室は回避した。
鉄砲玉として使われかねない言い草だったが、音楽室への特攻はしなくていいようだ。あのまま反論しなかったら、死ぬまでピアノを弾く事になっていたかもしれない。くわばらくわばら。
なおも、どちらが先に行くかで口論を始めた先輩2人を尻目にスマートフォンを取り出す。すぐにルームへログインした。先程からずっとルームを放置していたし、見てくれている白札達の為にも経過くらいは書き込んだ方が良い。
『赤札:連絡遅くなって悪かった! 赤札2人と合流したぜ、ウェーイ』
謝罪と現状を素早く打ち込む。駐屯している白札が結構いるのか、すぐに書き込みに対し反応が浮上してきた。
『白札:状況を整理したいんだけどさ、お前を助けに来た赤札2人って言うのはつまり、相楽さんの指示で来たって事?』
『赤札:おう、多分そう。何か俺よりずっと勝手が分かってる人達だったよ』
『白札:じゃあ、音楽室にいるかもしれない同業者は? 何でわざわざガッコーまで来たん?』
『白札:何か事情があるんじゃない? 気になってる事があるならハッキリ書いた方が良いよ。そういう書き方って、文字だと誤解されやすいから』
『白札:は? 別に変な書き方してないけど。だからさ、自分的には霊のアカリって子の言う事は鵜呑みにしない方が良いと思うんよ。所詮は学校に住み着いてる霊なんでしょ? それが七不思議とかいう大御所に逆らうとは思えんわ』
『白札:まあ、上の奴が言ってる事は正しいわな。ぶっちゃけアカリは信用出来ないし、そもそも学校での仕事が誤報だったっぽいから他に除霊師がいるのはおかしい』
――アカリが言う事は信用してはいけない?
盲点だった。他に頼れる者もいないし、トキがあっさり頼ったから考えもしなかったが確かにアカリはどちらかと言うと学校側の存在。自分達を手助けするメリットは無きに等しい。
先頭を歩くアカリを見、彼女が振り返らない事を確認した南雲はルームの核心を突いた吹き出しを携えて、ミソギの背を突いた。
「何?」
「見てくださいよこれ、心とか癒されません?」
「どうしたの、急に」
あくまで自然にそう声を掛け、スマホの画面をミソギに向ける。それを一瞥した彼女はすぐに言わんとする事を理解したのか、一つ頷いた。待っていて、と片手でゼスチャーされる。
「トキ、南雲のスマホが固まっちゃったんだけど、どうにかならない? 多分、あんたのスマホと同じ機種だったと思うんだけど」
「……? ああ」
――先輩上手い!
一瞬だけトキはその顔に疑問符を浮かべたが、ミソギの様子に何か感じるものがあったのか、黙って後ろまで下がってきた。
ミソギがそうしたように、トキがスマホの画面を覗き込んで来る。
目を眇めてそれを読んだ彼が画面に触れると、吹き出しの書き込み口部分に文字が躍った。
曰く――『分かっている』、との事らしい。分かった上でアカリに着いて行っている模様。
「あっ」
打たれた文字を消そうとしたら、間違ってルームに今の文字を流してしまった。