04.長い廊下
――が、ここでタイミング良く、否、タイミングも悪く南雲の腹が盛大な音を立てて鳴いた。
先頭を歩いていたトキは全くの無視だったが、ミソギがこちらを振り返る。これは会話のチャンスではないだろうか。沈黙も気まずかったので、引き攣った笑みを浮かべた南雲はへへ、と謎の笑いを漏らした。
「いや、ちょっと俺、腹減ってて。昼から何にも食べてないんだよな」
「……え、何で? マゾなの?」
「別にそういう性癖じゃねぇよ! そうじゃなくて、特定うんちゃら? が空腹云々? で、俺、仕事の時は腹すかせてなきゃいけねぇんだよ」
「へぇ。飴いる? のど飴だけど」
――何でのど飴なんだ……。
飴と聞いた時は1つ貰おうかと思ったが、のど飴と聞いてそんな気持ちも失せた。薬用の独特の味が苦手だからだ。
「のど飴は要らねーや。つか、何? アンタ喉でも痛めてんの? まだ冬は遠いけど」
「ああ、差し入れでたくさん貰ったから」
「あ、そう……」
長い廊下が終わり、階段に差し掛かる。最初に2階へ来た時より、随分と廊下が長く感じられた。
「そういえば、アンタ等って何で一緒に来たの? 赤札って基本単独行動らしいじゃん?」
ふん、とそれまで無言で歩いていたトキが会話にログインした。しかし、こちらを振り返る事は一切無い。前を向いたまま、良く通る声で応じたのだ。
「必ずしも1人で行動しなければいけない訳ではない」
「へぇ。赤の他人同士だったりする?」
「同期だ」
「同期? にしちゃ、殺伐としてんね。もっと楽しげに仕事すりゃいいのにさ。俺の同期とかどうしてっかな……。つか、どんな奴が居たのかもよく覚えてねぇや」
「目出度い事だな。折角救援に応じてここまで来たが、貴様は長生き出来なさそうだ。無駄足だったな」
「そ、そういう不吉な事言うなって!」
言い訳をするようだが、除霊師になる際、通っていた高校を中退させられている。当時はその事で頭がいっぱいだったのだ。自分の回りにどんな人間がいたのかなど、気に掛ける余裕すら無かった。どうすれば高校を卒業出来るのかばかりを考えていたからだ。
そして、自分の見立てに狂いがなければ、この2人も高校に通っていたのならばそれを辞めさせられてここにいるに違い無い。年齢的な問題でだ。
というか、とどこかウンザリしたようにトキがポツリと溢す。
「その軽薄な態度を改めろ。誰の為にここまで来たと思っている」
「まあ、それについては感謝してっけど? 俺、リスペクトしてる相手にしか敬意は払わねーっていうか。まあ、俺は年功序列社会に恨みすら持ってるって事を忘れないで欲しいわ」
「忘れるも何も、お前の事情など知った事か」
1階に辿り着いた。やはり、やけに階段が長く感じられる。知らない人間に囲まれて知らず知らずのうちに緊張していたから、時間がゆっくりに感じられたのだろうか。
抱いた違和感を押し殺すように、南雲は口を開く。相手が誰であれ、お喋りに集中していれば多少なりとも恐怖が薄れるからだ。
「えーっと、何て言ったっけ? ミソギさん? アンタ、テンション低いね。もっとテンアゲで行こうぜ!」
「逆に聞くけど、どうしてそんなにテンション高いの? 夜の学校にいるからって、猿みたいに騒ぐのはみっともないと思う。歳相応の落ち着きを持った方が良いよ」
「お、おうふ。そういう正論は止めろよ。萎えるじゃん」
「ねえ」
不意にミソギが足を止めた。何か自分の発言が勘に障ったのかと思ったが、彼女はあらぬ方向を見ている。その顔色は大変悪いし、心なしか声も震えていた。
「トキ、全然景色変わらないけれど、私達はちゃんと廊下を進んでいるの? これ、延々と廊下をループしてない?」
「何?」
「もう、しっかりしてよ! ずっと同じ所を歩いてるって、私達! この教室の前、さっきも通らなかった!?」
「騒ぐな、煩い」
「騒ぐよ! いつまで経っても外に出られないじゃん!」
ミソギがどこかヒステリックにそう言うと、トキが苛々したように溜息を吐き出す。何というか、互いが互いの発言に苛立ちを覚えているような感覚だ。
このままでは口論に発展しそう。
堪らず南雲は口を挟んだ。見ず知らずの他人が喧嘩をしているのを、横で見ているなんてどんな拷問だという話である。
「まあまあ、確かにミソギさんの言う通り、流石に廊下長すぎじゃね? とは俺も思ってたし、もう少し歩いてみてから考えた方がよくね?」
「今は3年2組の前だな」
「じゃあ、ちょっと歩いてみて、また3年2組に辿り着いたらループしてるって事じゃね?」
自分の発言に納得しはしたのか、2人は黙々と歩みを再開した。相変わらず葬式のようなテンションで、彼等の将来性が心配になってくる。元気にやれとは言わないが。
「やっぱり! ずっと同じ所をグルグル回ってるよ!」
ミソギがそう大声を上げた。ハッとして顔を上げれば、そこには3年2組というプレート。どうやら彼女の懸念は大当たりのようだった。低い悲鳴のような声を上げた彼女はその場に座り込む。すっかり頭を抱えてしまっているのが少しだけ可哀相だったが、それにしたってセルフ発狂すぎる。