1話 飛ぶ生首

03.赤札の2人組


 ――ヤッベェ、何だコイツめっちゃ怒ってんじゃん!!
 まさに赤い怒りに染まっていそうなメッセージに戦慄しながらも、『2階の教室』と自身の居場所を伝える。これは出会った瞬間、文句を言われる可能性がかなり高い。
 案の定、巣を刺激された蜂のようにルームを覗いていた白札達が反応した。

『白札:キレ過ぎだろ、カルシウム足りてる? 何か、あまり長く機関にいる赤札じゃないみたいだから勘弁してやれって』
『白札:いや、怒るだろ……。だって普通、学校とか一人では行かないし』
『白札:キレててもいちいちそれを文字に起こしたりしねーわ』
『白札:というか、さっきの赤札、もうルーム覗いてないんじゃない? 何にも書き込み無いし』

 溜息を吐きながら南雲は教室の外に出た。一刻も早く誰かと合流したい、教室の中にいては見つけられ辛いと考えたのだ。
 ややあって、不意に2人組の赤札が階段を上って顔を覗かせた。廊下の真ん中に突っ立っていたせいか、向こうもすぐにこちらを発見する。目と目が合った。

 遠目でも分かる赤いプレートを提げた男女。
 片方は男だ。背に細い筒のような物を背負っている。色素の薄い短髪に切れ長の瞳で、鋭利な刃物のような印象を抱かせるような人物。一目で分かった。アプリでコンタクトを計ってきた赤札は多分彼だ。

 もう片方は女。黒い髪に同じ色の瞳、中肉中背でどこにでもいそうな顔立ちだ。すでに怯えているようで、足取りは重いし顔色もどことなくよろしくない。男とは一定の距離を保っているが、心細そうな雰囲気を醸し出している。

 ――何で連んでんのか、よく分かんない人達だな。
 最初に抱いたのはそういった感想だ。見事にそりが合わないであろう組み合わせに、実は赤の他人である事を疑う。

「おい、貴様ァ……」
「ヒッ!?」

 しかし、彼等の関係性を考察しかけていた頭は、男の低い声で現実へと引き戻される。般若のような形相をしたその男は、眉間に深い皺を刻み今にも襲い掛かって来そうな危うい空気を纏っていた。
 何事か弁解するより早く、男が捲し立てるように怒鳴る。

「いい加減にしろよ、私達も暇ではないッ! 学校へは、1人で行くよう指示される事は無いと聞いていたはずだぞ!! 肝試しがしたいのならば、1人でやれ、他を巻き込むなッ!!」
「ハァ!? い、いや別に肝試しなんかしたくないんだけど!? というか、俺は相楽さん? とかいう人に指示されてここまで来たんだって!」

 誓って言うが、特に悪ふざけのつもりで校舎へ足を踏み入れた訳では無い。指示に従ってここまで来たのだ。
 しかし、所詮は水掛論。彼は自分が非を認めないと思っているのか、更に恐ろしい形相へと変貌していく。その辺のお化けより恐ろしい顔だ。

「組合長は確かにくたびれた中年だが、そういうアホな間違いはしないッ! 人に責任を擦り付けるな!!」
「でも、マジなんだって! 確かに電話が掛かって来て――」

 あのさあ、と鬱屈とした女の声が言葉を遮った。ずっと黙ってことの成り行きを見ていただけの彼女だ。
 そんな彼女は自分を――正確には南雲の足を指さす。

「連絡があったか無いかはともかく、別に肝試しでここに来た訳じゃないと思うよ。ほら、私みたいに足メッチャ震えてるし。怖いなら、わざわざ1人でこんな所にまで肝試しには来ないでしょ」
「…………」
「別の原因があるのかもしれないし、安易に決めつけるのはよく無いんじゃない?」
「チッ……。おい、貴様、ミソギに感謝しろよ」

 ――いや、アンタも足震えてるのかよ。
 男の言葉は耳に入って来なかったが、何故かフォローしてくれた彼女――ミソギの発言はしっかりと脳に刻まれた。多分、この人は自分とある種同類だ。

「あのー、何かここに1人で来ちゃった俺も悪いみたいなんで謝っときます。すんませんでした。それで、これからどーすんの? ここから出ればいいわけ? 全然分かんねーんだけど」
「何だこのチャラい鳥頭は……何故私はこんな馬鹿を助けに、わざわざこんな所まで来た……」

 男に絶望したような顔をされた。
 一方で、先程正論でフォローしてくれたミソギが話し掛けてくる。

「あ、そうだ。私はミソギ。そっちはトキね。見ての通り、赤札だよ。君は?」
「えーっと、南雲っす。どうも」
「どうも。合流しておいてあれだけど、学校に長居したくはないから外に出よう。それでいいよね?」
「うーっす、了解」

 ミソギがトキに視線を移す。

「トキもそれでいい?」
「ああ。早々にここから出るぞ。事故でも起こすと、相楽さんに迷惑が掛かる」

 ぶっきらぼうにそう言ったトキが来た道を戻り始めた。深い溜息を吐いたミソギがその後を追う。どことなく殺伐とした空気に緊張しながらも、南雲もまたその後を追った。

 それにしても、会話が無い。静かな校舎に3人分の足音だけが響いている。
 早くも南雲は空気の圧迫感に耐えかね、何事か話すべきかと口の開閉を繰り返していた。一応、同僚が目の前に2人いるがどちらに話し掛けるべきだろうか。確実にミソギの方が会話には乗ってくれそうだが、あまり彼女には人と話をするという意識が見られない。端的に言ってしまえば、話し掛けないで欲しいという無言の圧さえ感じる程だ。
 しかし、一方で苛々と不機嫌を隠しもしないトキに話し掛けるのは更にハードルが高い。煩いと一蹴される未来が透けて見えるようだ。