02.アプリ
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平日の昼間とはいえ、ラッシュの時間を逸しているからか人の姿はあまり無かった。暇そうに突っ立っていた店員から空いた窓際の席へ案内される。
手早く注文を済ませると、十束に苦笑された。
「お前……よく食べるな」
「休みの日しか満足に食えねぇんだよ。性質上」
「それもそうか。まあ、遠慮せずに食べるといい。何ならデザートもドリンクも頼んで良いぞ!」
それは話の長引き方にもよる。1時間くらいで切り上げて帰りたいのが本音だ。
「で、話始めていっすか。積んでるゲームやんきゃいけないし」
「ああ、頼むぞ」
ゆっくりとあの日の出来事を思い返す。2年くらい前の出来事だが、あの時の事はそれはそれは鮮明に思い出せた。怖がりの自分が除霊師としての仕事に辟易し、所構わず噛み付いていた刺々しい時代の話である。
「俺、確か当時は研修終わってすぐだったんすよね。よく勝手が分かってなくて、深夜に相楽さんの要請で学校へ行ったんだよ。ほら、学生って好きじゃん? 七不思議とか」
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「ヤッベェ……。夜の学校怖すぎだろ……帰りてぇ……」
時刻はあり得ない事に午前4時、44分。
赤札の除霊師である南雲は夜中の学校に入り、七不思議の調査をしていた。というのも、今日の仕事はこれだ、と上司の相楽とかいう人物から連絡があったからだ。何故、一人で深夜の校舎にいなければいけないのか、というある種理不尽な怒りが湧き上がってきたが一人きりなので愚痴を言う相手もいない。
「クソッ、俺が何したってんだよ、もー! ひぃっ!?」
人の声がした、と思ったら自分の叫び声が廊下に反響しただけだった。
虚しい気分になりながらも、空き教室の一つに入る。別に廃校というわけでもないこの中学校。昼間は当然生徒達が大勢出入りしており、机は理路整然と並んでいる。
腹の虫が盛大に鳴いた。研修中に色々調べた結果、自分は空腹時に霊力・霊感共に敏感になるらしい。そのせいで、昼食も抜いてしまい酷く鬱屈とした気分だ。
「あー、腹減ったな。つか、電気付かないじゃん。くら……」
暗かったので電気を付けようとしたが、スイッチをオンオフしても電気は付かなかった。仕方なく、片手で持っていた懐中電灯で床を照らす。
そしてスマートフォンを取り出した。実は、あまりにも何をして良いのか分からず、アプリで救援要請のルームを立ち上げたのだ。しかし、書き込みは助けに来てくれる訳ではない白札ばかり。それでも誰もいないこの状況では、気を紛らわせるのに最適だった。
『白札:おーい、ビビリ赤札生きてるか? つか、スマホばっか見てないで動けって話だけどな』
『白札:言ってやるなよ。マジでビビってたじゃん。可哀相だろ』
『白札:つか、学校系の仕事って一人に任せる事無くない?』
そこまで文字が並んだのを確認した南雲は、一番下の吹き出しに返事をした。
『赤札:いやマジで電話掛かってきたんだって! その相楽さんってのが間違ったんじゃね? 俺、研修終わったばっかでよく分かんねーけどさ』
『白札:なら尚更、学校に一人で行かせたりしないと思うけど……。電話、本当に相楽さんだったの? あの人、仕事はちゃんとする人だよ。くたびれたオッサンにしか見えないけど』
「んだよ、ったく……。登録した番号に掛かって来たんだって!」
苛立って呟くが、誰もいないので返事は無い。その相楽さんとやらも研修が終わった後に上司ですと紹介されただけで、顔も声もよく覚えていなかった。ただし、赤札だったので電話番号は登録してある。
『白札:おーい、ビビリ? お前が今関係無い事ばっか書くから黙り込んじゃったじゃん。つか、連絡以前に学校に一人きりとか絶対ヤバイだろ』
『白札:それな。主催の赤札さんよ、一度学校の外に出るって宣言して出た方がよくね? 救援とか今来られても困るし……』
『赤札:学校ってそんなヤバイの? 俺よく分かんないんだけど。まあ、メッチャ怖いけどな』
恐怖とは別の感情――不安が湧き上がってくる。何せ、ここ数週間で学んだ。この仕事、嘗めて掛かったら怪我では済まない。
案の定、的確な先人の言葉が画面に踊る。
『白札:ヤバイよ。だって学校、つったら七不思議っていう怪異のテリトリーだし。学生って好きだよね、そういう話が。全校生徒って少なくても200人くらいいる訳じゃん。その生徒がほとんど七不思議の事を知っているとしたら、普通にえげつなく強い怪異って事になるでしょ』
『白札:七不思議って強いって言うよね。中学校なんでしょ? お多感な時期じゃん。そういう感情のエネルギーは強い怪異の温床になっちゃうよね』
『白札:おい……。不安を煽るような事言うなって。怖がってんのにさ』
――学校からは出た方が良さそうだ。
アプリに学校から出る、という旨を書こうとしたがそれより先に珍しい赤色の吹き出しが表示された。
『赤札:おい、学校に着いたぞ。今すぐどこにいるのか書け。貴様には言いたい事がたくさんあるが、取り敢えずは救援のルールに則り、合流はしてやる』