1話 アルバイト先の先輩がやたらと前世の話をしてくる

12.現状報告


 ***

 機構、と言えば花形である対策部――ヒーローのような彼等、彼女等が目立ちがちだが、実はたくさんの部門がある。前にも述べた通り、避難誘導や放送、記録を取る部門など様々だ。
 つまり異形と戦うという目に見える仕事の水面下では書類整理であったり、情報の伝達であったり、或いは情報の共有という仕事も随時発生している事になる。
 何が言いたいか。だからつまり、いくら対策部補佐系の仕事とはいえ、たかが一介のアルバイトを現地へ連れて行く必要は無いのではないか、という事だ。仕事はいくらでもあり、現地へ向かうのは何もバイトの女子高生である必要性は全く無い。どころか、連れて行かない方が良いまである。

 そこで言いたいのはたった一つ。
 ――いややっぱりバイトを現地派遣はおかしいだろ!!

「出雲?」
「はっ……!」

 名前を呼ばれて我に返る。現実へ戻って来た視界の先では、元凶とも言える上司、日向がひらひらと目の前で手を振っていた。何てことだ、現実逃避すら許されない。

「着いたぞ。さあ、降りるんだ」
「着いてしまいましたね……」
「どんな異形に出会えるか、今から楽しみだな! 手の掛からないやつなら良いが!」
「何も楽しみではないのですが。え? 私、車から降りなくちゃいけないんですか?」
「勿論! さあさあ!」

 半ば無理矢理、乗っていた車から降ろされる。
 どうやらこの運転手、現地に限りなく近い場所ではなく、現地そのものへ移動してくれたようだった。つまり、この運転手もタクシーとか運送系業種の方ではなく、機構所属の人材なのだろう。そうでなければケガをしてもおかしくない現地にそのまま突入したりはしない。

 車外の風景は予想していたよりずっと地獄絵図だった。遠くで何かを破壊する音が聞こえ、目の前では道路へ直に人が横たわっている。全員が機構の職員を示すバッチを着けているので、彼等も一般人では無いのだろう。

「遅くなってすまない! 誰か俺に状況を説明してくれないか!」

 手隙の誰かへ言い含めるかのように、日向が声を上げた。視線が一斉にこちらへ集まる。
 ある者はケガをして地面に横たわり、ある者は負傷者の応急手当を。またある者は遠くで聞こえる盛大で破壊的な音を震えながら聞いている――
 その悲壮感漂う空気の中に響き渡った日向の声はまさに鶴の一声。彼を見た職員達が安心したように目を瞬かせ、安堵の息を漏らしている。その流れで隣に立っていた出雲をも、誰もが視界に入れた事だろう。
 反応はまちまちだった。何か信じがたいものでも見たかのような顔をする人物、ボンヤリとこちらを覗き込んで来る男性。見世物じゃ無いぞと言いたくなるが、日常風景でもあるので気付かないふりをした。悪いのはこの顔面凶器に他ならない容姿である。

 返事が無いのを不審に思ったのか、日向が再度声を張り上げた。

「コラ、見世物じゃないぞ! いいから早く、現状報告!!」

 心を読まれたのかと思った。が、当の日向その人はいつも通りの笑顔だ。
 ようやく上司の言葉が浸透したのか、一番近くに座っていた軽傷の女性が勢いよく立ち上がる。

「ほ、報告します」
「頼む」
「私は、先に到着していた救護部の平瀬です。現在、現場に最初からいた対策部Cの3名が負傷。後から駆け付けた同じくC4名が負傷し、この場で救護にあたっています」
「負傷者が多いな。真昼、今回は救護部の手助けに回ってくれ」
「了解!」

 指示を受けた真昼は人が密集している場所へ突進して行ってしまった。

「すまない、報告の続きを頼む」
「はい。異形の方は残った対策部B2名で交戦中です。ですが、その、長持ちしそうにはありません……。住民の避難誘導は完了していますが、このままでは東の方から避難勧告を出していない住宅街に突っ込んでしまうかと」
「なるほど、手こずっているな。それで君は? 救護部だと聞いていたが、何故ケガを?」
「人手が足りず、住民の避難誘導のお手伝いをしていところ、住民と正面衝突しました」
「なるほどそうだったか。気を付けるように。報告有り難う」

 では、と自身の仕事へ戻って行く救護部の女性を見送った日向が戻ってくる。今ここには出雲と彼しかいない。真昼は救護部の手伝いへ行ったきり、どこへ行ってしまったのかも分からないからだ。

「では俺達も件の異形へお目通りしに行こうか。随分と派手に暴れているようだからな、見失わないで済みそうだ」
「私も行くんですか? こっちを手伝った方が良いのでは?」
「真昼が居るからな、問題無い」
「絶対に私の現場と日向さんの現場は同じじゃないと思うんですよ」

 いいや、と上司は確信めいた笑みを浮かべている。絶対的な自信が垣間見えるようで、思わず続く言葉を失った。

「お前の現場は間違いなく俺と同じ場所だ。そもそも、お前の異能は救護に向かない」

 ――いやなんで私の持ってる異能、知ってるんだ……。
 最早その理由を確認する気にもならなかった。彼の言っている事は正しいからだ。