1話 アルバイト先の先輩がやたらと前世の話をしてくる

11.これって本当にバイトの仕事ですか?


 ところでさ、と諸々の説明を十数分で終えた先輩方は世間話を始める。そうか、出動の連絡さえ来なければやはりこの執務室は平和なのだ。

「出雲ちゃんのご両親ってどんな人?」
「凄くディープな話題を突いてきますね……。私、孤児だったので」
「そっかー。前もそうだったけど、いっつも孤児院スタートだね」

 ――凄いなこの人!
 流石に戦慄した。孤児院出身である事を匂わせれば、大抵の人間は話題を遠慮してしまうものだ。しかし彼女、真昼はどうだろう。まだ世間話の体を崩さない。
 いや、もしかしたら対策部勤務の人は皆こうなのかもしれない。何せ、孤児の出来る最も大きな原因と戦う人達だ。もうむしろ、目の前で孤児が生産されていてもおかしくはない。感覚が麻痺しているのだろう。
 平静を装いつつ、息を整える。ついつい脳内を取り乱してしまった。

「やっぱり出雲ちゃんみたいな綺麗な顔の女の子を産んじゃうDNA持った両親、気になるなあ」
「顔も覚えていないので」
「そう? じゃあさ、今の両親はどう? 出雲ちゃん美人だし、きっと可愛がってくれてるよね? ね?」
「いや別に……。そもそも現状、別居してますし」
「ええ!? 何故!?」
「個人情報に首を突っ込み過ぎでは?」
「それもそうか、ごめんね」

 がしり、と肩に手を置かれる。真昼の手ではない、日向だ。何故だろう、空いたもう片方の手は彼自身の目頭を揉んでいる。

「なるほど、そうだったのか……。腹は減っていないか? 睡眠時間は取れているか? 俺達では何の役にも立てないかもしれないが、生活に押し潰されそうになったらいつでも頼ってくれ!! 仲間だからな!!」
「えっ、はあ……どうも……」

 一体彼は何を想像して今の言葉を口にするに至ったのだろうか。恐らく悲惨なイメージが浮かび上がっているに違いない。正直、家事に関しては自分なりのルーチンワークがあるし、週に何度か養父の部下が様子を見に来るので全く苦では無い。むしろ快適だ。
 もうこの話題止めよう。ドツボに嵌って行く未来がはっきりと見える。日向に至っては姉がいると言っていたので、家族が居なくて別居を強いられている女子高生、という生き物が信じ難い存在に見えている恐れすらある。

 友達は少ない上、家族とは別居。「正しい会話の方法」、と脳内のPCに打ち込んで検索する――

 瞬間、ジリリリリリリというけたたましい音が室内に響き渡った。途端に先程まで茶番を演じていた先輩方の纏う空気が緊張感溢れるものへと変貌する。
 鳴っているのは、この部屋に1つしかない電話だ。つまり、仕事の時間とそういう事だろう。駆けて行った真昼が勢いよく受話器を取り、一言二言会話をする。ややあって、受話器を置いた。

「仕事の時間です!」
「了解。さあ、行くぞ! 真昼、場所はどこだ? 車で向かった方が良いだろうか」
「3丁目の23番地なので必要です。あたしの方で手配するので、日向さんは準備を」
「頼んだ。出雲、またここへ戻って来る。必要な物以外は置いて行って構わないぞ。執務室には鍵を掛けるから」

 目まぐるしく動き始める執務室のメンバーを観察する。行動の早さは手慣れたもので、テキパキと出発準備を整えていく。1分を数える頃には執務室を戸締まりするだけになっていた。
 というか――

「え? 私も現場へ行くの?」

 疑問に答える声は無い。忙しいので仕方無いが、これ完全に着いていく流れだ。

 ***

 真昼が1階ロビーに連絡して用意して貰った車、運転手付き。黒塗りの車は、車内にちょっとしたスペースがあり、食事や着替えをするのが可能な状態となっていた。キャンピングカーだとかそういったイメージだろうか。
 ――で。

「私も現場へ行って良かったんですか? これ、異形を討伐しに行く感じのお仕事ですよね」

 遠回しにアルバイトの仕事じゃ無いだろ、と確認をしてみる。車に乗り込んだ事で暇が出来たからか、今度は先輩達からお答えを頂けた。

「なるほど。そういえば準備するのに大忙しで、お前には何をするか説明していなかったな。現場へ行っていいのか、という質問であれば答えは、仕事なのでお前も行かなければならない、だ」
「……えっと? 私の業務内容、Sランク補佐だって聞いていたんですけども」
「……?? 現地以外で何を補佐するつもりなんだ?」
「いやいやいや。私、一般人なのですが。そもそも、現地で何をするんですか? 私みたいな小娘が」
「何をするかは、現地へ行ってみない事には何とも言えないな。ううん、前世の事を忘れていると、ここから説明しなければならないのか……」
「錦氷達にはどうやって説明したんですか。彼等も私と同じバイトで、同じ高校生だったでしょう?」

 前世ネタがまた出たがスルーする。それどころじゃない。
 問い掛けに対し、真昼がフォローを出した。

「日向さんは、錦氷くん達の研修には関わってないから……!」
「そうなんですか?」
「うっ、疑いの眼差し!! 出雲ちゃん、顔の造形が良いんだからすぐに分かるんだよ」
「話題をすり替えないで下さい」
「こういう風に言われるとあたしも前世を思い出すぅ……」

 ――駄目だ、まともな回答は期待できない!
 視線を日向へ戻す。肩を竦めた彼は、業務内容では無く注意事項を口にした。

「ともかく、現場へ行けば異形との邂逅は必至。俺はお前にあれやこれや指示を出す可能性があるが、お前は効率的だし頭も切れる。無理そうなら、俺のオーダーは聞かなくていい」
「何の注文を付けてくる気なんですかね……」
「安全と命第一で。危険だと思ったらすぐに俺を呼んでくれ、どこへでも駆け付けよう」
「注意事項がアルバイトにするそれじゃないんですが。これ本当にバイトの仕事? 社員の間違いでは??」
「はっはっは! なるほど確かに、そうとも言うのかもしれないな」

 ――笑い事じゃねぇんだよ……!!
 ピキピキと米神が引き攣る。こんなバイトだとは聞いていない。蒼灼はともかく、暖真はこんなのを受入れる胆力など無いだろうに、どうなっているんだ。今度よくよくお話を聞く必要がありそうだ。