1話 アルバイト先の先輩がやたらと前世の話をしてくる

10.共通ルールと執務室ルール


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 珍しく授業を受けた出雲は、友人2人とアルバイト先へやって来ていた。個室は別になるが、ビルの7階まで同じ道筋だ。バラバラに行く理由は微塵も無い。たわいも無いお喋りをしながら、7階までエレベーターで上る。

「俺達は手前の部屋だから。お互いにバイト頑張ろうな、出雲!」
「今日言った事、忘れないでよ!」
「はいはい……」

 出雲の返事を聞くと、蒼灼と暖真の両名は微笑んで違う執務室の中へ消えて行った。それを見送り、昨日面接をした部屋と同じ部屋に入る。

「おはようございます」

 バイトに入る時は時間に合った挨拶ではなく「おはようございます」、というのがルールらしい。入る時間帯が人それぞれなので、時間毎の挨拶をすると気分を害する人がいるとかいないとか。よく分からない理屈だ。雑誌や高校生の噂話で入手した情報なので信憑性も無い。

 学校生活を終えてやって来た新人アルバイトに対し、社員である光明院日向と陽ノ下真昼はどこまでも爽やかな挨拶を返してきた。

「ああ、おはよう! 元気そうで何よりだ。今日も1日お疲れ様、そしてもう少しだけ頑張ろう」
「出雲ちゃんが学校の制服を着ていると、こう、何かあれだね。おはよう」

 日向はデスクで書類整理を。真昼は棚の中にある備品の整理をしているようだ。漂っている空気は穏やかで、あまり忙しくないのが分かる。こんなんでいいのか、対策部。
 どうしていいか分からず、入って来た状態で立ち尽くす。イメージしていたバイトと違い過ぎて、何をすればいいのかさっぱり分からない。

「すいません、私は何をすればいいんですか」
「今は特に何もする事は無いよ」

 答えたのは真昼だ。促されるまま、その辺にあった適当な椅子に座らされる。その状態で業務内容を説明し始めた。

「対策部の基本的なお仕事は異形討伐! でもコイツ等っていつどこに、どういう目的で現れるのか分からないんだよね」
「まあ、そうですね」
「だから基本的に対策部Sランクは自前の執務室で連絡待ちってわけ! クソ雑魚異形ならBランク以下が外回りで討伐するしね」
「つまり、手に負えないような異形が現れたらここに連絡が来て、先輩方が出動する、という事ですか?」
「そうそう! 流石、5説明したら10理解してくれるところ、相変わらずだね」
「相変わらずって……。いや、じゃあ1日連絡が無ければ何の仕事もせずに解散するんですか?」
「そうだよ」

 暖真がバイトを辞めない理由発覚。もしかして、そんなにSランクの手が必要な異形なぞ居ないのかもしれない。そうであれば、必然的に仕事は減り、座っているだけで給料を貰える事になる。
 妙に納得していると真昼は次に、残業などについての話を持ち出してきた。

「あ、そうだ! 出雲ちゃんって分給ガチ勢なんだってね。残業についてなんだけどさ、応募要項に書いてあった通り、基本は21時まで」
「はい、聞いています」
「そんで、やっぱりこういう仕事だから、お仕事が舞い込んだ時間帯によっては確実に21時を過ぎる事があるんだよね。そこんとこは勘弁して欲しいかな。勿論、うちは分単位でお給料支払われるから安心してね」
「そうでしょうね。理解しています」
「流石は出雲ちゃん! あ、あと! 出雲ちゃんはまだ学生だから、多分年に何度か期末テスト? とかいうのがあるでしょ」
「年に2回、大きなテストがあります」
「それなんだけど、やっぱり留年するのはマズいから、遠慮無く時期になったら言ってね。シフトをかなり減らすから! 赤点とか取りそうなら、最悪シフトをゼロにしたっていいよ。ちゃんと前以て相談してね」
「はい、分かりました」

 テスト勉強なんて前日にしかやった事が無い。バイトが嫌で無ければ、テストを理由にシフトを減らさずともよいだろう。その匙加減はこちらで決めるので、いちいちテスト勉強の時間は要らないなどと説明しはしないが。
 今ので注意すべき点を全て伝えられたのか、真昼は満足そうな顔をしている。変わって、それまで黙ってこちらを見ていた日向が口を開いた。

「なるほど、テストか。懐かしい響きだな。ところで出雲、執務室ごとに個人ルール的なものがあるのだが、それもいいだろうか」
「お願いします」
「まず、俺の事は日向さんと呼んでくれ」
「……ああ、はい」

 ――そういえば、日向の方が名字っぽかったので忘れていたが、「日向」は名前だ。蒼灼達もそう呼んでいたので、全く違和感が無かった。
 一瞬の間を何だと思ったのか、日向は更に言葉を連ねる。

「上司相手に、と萎縮しなくていいぞ。実は俺の事を「光明院さん」と呼ぶ部下がいたんだが、戦闘中に舌を噛んで大怪我をしてしまってな……。呼びにくいらしいので。あと、機構には俺の姉がいる。どっちがどっちか分からないからな、頼んだぞ」
「日向さん必死で面白いですね!」

 ケタケタと笑う真昼に、日向は哀愁の漂う顔で息を吐き出した。

「なるほど、そう思われても仕方が無い。しかし、出雲は合理性に命を賭けている節があるからな。理由の無いお願いは基本的に聞いてくれないだろう」
「そっすね! 合理主義の鬼ですもんね!」

 バイト先にどんな風に自分の事が伝わっているのか不安になってきた。情報を流せるとしたら友人2人以外あり得ないので、今度詳しくお話をする必要がありそうだ。
 ここで脱線していた話題が、自然と戻って来る。

「それで、あと1つ。こういう仕事だからな、体調不良はすぐに報告してくれ。場合によっては帰すし、必要が無くても知っていれば対処できる。体調不良でバイトに来ていた女子高生をケガさせてしまいました、なんてSランカーの名折れだ」
「分かりました」
「あと、今生の親御さんにも心配を掛けたくない。お互いの為、頭の隅にでもおいておいてくれ」
「はい」

 ――結構体育会系の気配……。
 日向も真昼も、ノリだけ見れば学校のカースト上位における連中の元気さに似ている。尤も、中学の時にいた上位カースト民はやたらしつこくて鬱陶しい連中ばかりだったが。高校時代? 誰も寄って来なくなった。快適である。