1話 アルバイト先の先輩がやたらと前世の話をしてくる

09.バイト面接の報告・下


 でもそういえば――光明院日向も、陽ノ下真昼も。あまり初対面である出雲の顔をまじまじとは見てこなかった気がする。
 今まで初対面と言えばまじまじと顔を見られ、居心地の悪い思いをさせられた。そういえば、あの面接会場では急に大の大人が泣き出したり色々あったので頭からすっぽ抜けていたが、凄く顔面を覗き込まれるという失礼な態度は取られなかったはずだ。
 ――あ、まさか。

「光明院さんって、可愛い彼女とかいるでしょ」

 しん、と空気が凍った。何だか既視感を覚えつつ、黙って友人達の顔色を伺う。真っ青だった。まるでとんでもない事を訊いてしまった、酷い失言を漏らしたかのような、そんな表情。
 たっぷりの間を開けて、最初に我に返ったのは朝方の蒼灼だった。蒼白な顔色のまま、言い含めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ごめん出雲、もう1個。その、彼女いるでしょ、も日向さんには絶対に訊かないように。泣いちゃう通り越して寝込む可能性すらあるから。本当、そこのところよろしく」
「し、失言だった……?」
「その台詞を聞いたのが俺達だけで良かったな、って思えるレベルだよ……」

 ――彼女、お亡くなりになっているのかもしれない。
 やはり職場内恋愛は鉄板。もし光明院日向に彼女(仮)がいたとして、同じ対策部に所属している可能性は無きにしも非ず。対策部に在籍しているという事は、異形という化け物と日夜戦闘を繰り広げているという事。
 当然の事だが、命が懸かっている。そのままお亡くなりになっていたとして、何らおかしな話ではないのだ。それに、この異形が闊歩する時代、人の死はかなり身近なもの。一般人だった彼女が異形の被害に巻き込まれてそのまま、という話だって無い訳ではないのだ。

 ガタガタと震えていた暖真がようやく我に返る。大袈裟に深呼吸して、頭を振った。流石にオーバーリアクションが過ぎる。

「何か恐ろしいものの片鱗を見ちゃったよ俺……。出雲、そういう所だぞ! だからお前は友達が少ないんだ!」
「別に作ろうと思えば作れるし! ……転校する所から始まるけど」
「これだから顔の良い奴は!」
「顔が良いのもあるし否定はしないけど、総合的には頭の良さの方が重要だから。人間なんて第一印象が9割よ。最初に儚げな美少女を演じておけば後はどうとでも」
「それで出来た友達って、友達って言うの??」
「凄く痛い所を突いてくるじゃん」

 とにかく、と暖真が机を叩く。ぺちん、と可愛らしい音が鳴った。

「日向さんは! 出雲が来るの、ほんっとうに楽しみにしてたんだからな!」
「そうだぞ、出雲。他の有象無象はともかく、日向さんを切るのはちゃんと人となりを知ってから! それでも気に入らなかったらもう仕方無い!」
「そうそう! 友達2人で満足するなよ! この世界に人間何人いると思ってんのさ! ラブ&ピース! はい、復唱!!」

 分かったよ、と凄い気迫で迫ってくる蒼灼と暖真におざなりな返事をする。彼等は自分の事を何だと思っているのだろうか。甚だ疑問である。

「あ、そうだ。対策部のSランクってやっぱり凄い人達なの? ニュースとかでもよく持ち上げられてるけど、よく分かんないや」

 話題をすり替えるべく発した疑問。変な所で単細胞な友人達はすぐに食い付いた。ヒステリックに「凄いに決まってるでしょおおおお!」と叫んだのは暖真だ。

「この軽率に人が死ぬ世界で、異形と戦い続けて死なずに功績を認められる人って全然いないんだからな! 恐怖心って感情なくしてるよ、あの人達!!」
「出雲は頭が良いから、バイトやってたらすぐに分かるぞ。多分。結構、頭おかしい感じでぶっ飛んだ人ばかりだからさ。でも俺は、出雲がそのまま機構に就職したらSランクまで上がれるとは思うけど……」

 それは無いでしょ、と出雲は笑った。

「確かに私の異能は暴力的なものばっかりだけど、でもやっぱり異形を殺せるかって言ったら微妙だなあ。逃げ専やってるし。機構の対策部、って言ったら逃げちゃ駄目な訳でしょ?」
「そうだね。でも俺は、やっぱり出雲ならって思うなあ」
「蒼灼は知り合いを過大評価するじゃん」

 そう言うと、蒼灼は少し複雑そうな笑みを浮かべる。何を意味しているのかは終ぞ分からなかった。

 そんな事より、新たな疑問が脳裏を過ぎる。暖真の言動からして、対策部Sランク勢が世間一般から見てシンプルに言うのなら「凄い人」というのは理解した。では、その凄い人が入ってきたばかりのアルバイトの面倒を見る暇があるのか。
 答えは否。組織構造をよく知らない出雲でさえ、それが難しい事が理解出来る。それとも、案外と暇な時間でもあるのだろうか。今日のバイトが段々不安になってくる。
 目上の人間にやられて一番不快なのが、禄に仕事の説明もしないくせに出来なければ苦言を呈してくる、というありがちな行き違いだ。養父に引き取られる前、孤児院でも似たような経験をしたので堪忍袋の緒があっと言う間にお亡くなりになる案件。人はとにかく自分より下の弱い者を見下すのが好きなのだと、僅か7歳で学んだのは記憶に新しい。

「出雲!」

 暖真の声で我に返る。

「え、なに?」
「眉間に皺、寄ってるよ。嫌な事を思い出してる時はいつもそうだよねえ。もっと気楽にやろうよ、疲れるでしょ」
「……そうだね」

 ――やっぱり友達はこの2人だけでいいかもしれない。
 何だか酷く充足した気分になった。肺に溜まっていた淀んだ空気を吐き出し、新鮮な空気を吸う。彼等がこう言うのだから、もう少しバイト先の人間関係に期待しても悪くは無い、かもしれない。