05.アルバイトの面接・上
程なくして蒼灼が電話口に戻って来る。
『あ、出雲? 履歴書とかは要らないって。身一つで来て問題無いよ』
「ええ? 本当に? まあ、要らない方が楽で良いけどさ。あ、服装とかは? スーツで行った方が良い?」
『俺も暖真も学校の制服だし、恰好は何とも言われないと思う。むしろ、学校サボってる事がバレないように、制服を着ていった方がいいんじゃない?』
「また制服着るのか……」
学校へ行く為ではなく、バイトの面接へ行く為に制服を着るというのはなかなかに皮肉がきいている気がする。
『出雲、今から来るの?』
「うん。暇だし」
『分かった。じゃあ、そう伝えておくよ。念の為、本部の地図も送るね。受付の人にバイトの面接って言えば伝わるから』
「おー、ありがとう」
『いいや。それじゃあ、面接頑張って!』
もう一度お礼を言って電話を切る。蒼灼はそもそもから大変面倒見の良い人物なのだが、今回はそれに輪を掛けて面倒見が良い。同じ職場でアルバイトをすると言ったのがそんなに喜ばしい事なのだろうか。
怪訝に思っていると程なくして地図がスマホに送られてきた。目を落としてみれば、見慣れた通学路の近くに建っている大きなビルであるとすぐに分かった。ここなら家からそう遠くないし、すぐに着くだろう。
***
指定されたビルに到着した。明らかにバイトを取るような会社の風体ではない。正社員以外中には入れない、という意思程感じそうだ。
特に緊張感も無く中へ入る。受付と思わしき場所には受付嬢が2人。大変品良く並んでいる。
「すいません、アルバイトの面接でうかがいました」
返事をした受付嬢が少し待つように言う。どこかへ連絡した彼女は、指示を仰ぐと受話器を置いた。完璧な笑みを浮かべ、受付から出て来る。
「お話は聞いております。お部屋へ案内致しますのでこちらへ」
「ありがとうございます」
歩き出した彼女の背を追う。迷いの無い足取りでエレベーターの前へ到着。すぐにエレベーターを呼び、乗り込む。7階のボタンを押した。
エレベーター内部に沈黙が満ちる。互いに話す事など無いからだ。
程なくして7階へ到着すると、受付嬢は先に出雲を外へ案内した。
「こちらです」
たくさんと並ぶ『執務室』と書かれたドア。部屋番号の下に人名が書かれたテープが貼ってある。似たようなドアばかりなので、誰の部屋なのかを間違わないようにしているのだろうか。
幾つかあるドアを越え、1つのドアの前で受付嬢が止まる。部屋番号の下には「光明院 日向」とテープが貼られていた。何故だろう。どこかで見た名前だ。
ドアを観察していると、受付嬢がドアをノックする。室内からの返事を確認し、ドアを開けた。
「面接予定の方をお連れ致しました」
「ああ! ありがとう。入ってくれ!」
男性の声が了承の意を示す。受付嬢が中へ入るよう、出雲を促した。その指示に従って室内に足を踏み入れる。部屋の奥へ進むと、面接用に並べられたであろう机と椅子、そして面接官、もしくは人事と思わしき男が腰掛けていた。彼以外の足音が聞こえるので、室内に一人だけという訳ではなさそうだ。
面接では挨拶が大事。男がこちらを向くと同時、出雲は口を開いた。
「こんにちは。アルバイトの面接に参りました、榊原出雲です。本日はよろしくお願い致します」
「こんにちは。はは、そう畏まらなくていいぞ。その椅子に座ってくれ」
「失礼致します」
淡々と応じて椅子に座る。机は組み立て式のどこにでも売っていそうな机なのに、椅子は高めの家具を扱う店で売ってそうなそれだったので高さが合わない。転んだりしないよう、椅子を確認しながら腰を下ろした。
脳内で七芭が家にいる間、ネットで検索した面接でのマナーを思い出す。寝ながら勉強した程度だが、それなりの振る舞いは身に付いたはずだ。
やはり挨拶は命。ダメ押しのように、面接取り付け有り難うの挨拶をしようとして視線を上げる――
「……えっ」
勉強した内容が正しく飛んだ。盛大に飛び立ってしまった。
目の前に座るは精悍な顔立ちの男性。間違いなく20代で、芯の強そうな男だったのだが、全く初対面のその人は大粒の雨のようにボロボロと涙を流していたのだ。しくしく、だなんて表現は相応しくない。まさしく決壊したダム。
ただし窺う限り表情そのものは全く悲しそうではなかった。1つの感情では言い表せないくらい複雑な感情の発露。本人も涙を流すつもりなど毛頭無かったのか、少し驚いているという感情も伝わってくるかのようだ。
――ええっ……。どうしようこれ。もしかして死ぬ程体調不良だとか? 救急車、いや、人を呼んだ方がいいかな?
面接だとか言っている場合では無いのかもしれない。誰か呼びに行こうと浮かしかけた出雲の腰は、他でもない目の前の男によってキャンセルされた。
「ひっ、久しぶりだな……」
「ええ?」
「全く姿を見掛けなかったので……今世には、いないのかと……」
「はい? 大丈夫ですか? 私、アルバイトの面接をしに来た高校生ですよ。初対面なんです、誰かと勘違いされているのでは?」
瞬間、男の表情が流していた涙ごと凍り付いたのを確かに見た。