1話 アルバイト先の先輩がやたらと前世の話をしてくる

06.アルバイトの面接・下


 気まずい沈黙が満ちる。十中八九、出雲自身の発言がこの状況を招いたのだろうが、解せないものは解せない。
 彼の吐いたありがちなナンパのような台詞、あんなもの大の大人が号泣しながら言った言葉で無ければその場で即通報されていてもおかしくない。にも関わらず、何故こちらがとんでもない事を宣ったかのような空気になっているというのか。幾ら考えてもやっぱり意味が分からない。

 続く沈黙に助け船を出したのは、出雲でもなければ目の前の男でもなかった。
 ずっとこの部屋にいたのであろうもう一人。足音だけしか存在感の無かったその人が、あまりにも静かだったからか部屋の奥から駆けて来たのだ。
 現れたのは10代後半、または20代初期くらいの女性。酷く慌てた顔をしている。

「ちょ、ちょっと日向さん! あーあー、ごめんね出雲ちゃん、ちょっとごめんねー! はいはい、日向さんあたしの話聞いてました? ちょっとこっち……」

 ドタバタと忙しなく、現れたばかりの女性は面接をしていた男を連れて部屋の奥へ引っ込んで行った。

 あの女性が乱入して来た事で分かった事が2つある。
 まず、この部屋の部屋番号の下に貼られていた人名。これは「光明院 日向」だった。であれば、この執務室は号泣しだした男の部屋であるらしいという事。
 そして、「日向」という名前は「ひゅうが」と読むらしい事。なるほど、全く役に立たない。

 数十秒の現実逃避を終えた頃、連れて行かれた男と連れて行った女が帰ってきた。既に男の顔に涙は無く、代わりに寂しげな笑みを浮かべている。
 そんな彼を女性がハラハラと背後で見守る中、椅子に座り直した彼が口を開く。

「いや、すまなかった。取り乱してしまって」
「……いえ」

 ――あれ、もしかして。
 ここでふと、ある可能性に行き当たる。もしかして、この一連の騒動は面接の一環だったのではないのか。予測不能の事態に陥った時、どういう行動を取るのか見られていたのかもしれない。マズい、何のアクションも起こさなかった。

「そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺は光明院日向。ひなた、と書いてひゅうが、と読む。よろしくな」
「よろしくお願い致します」

 光明院日向――そう名乗った彼がふっと浮かべた快活な笑みを見て、不意に記憶がフラッシュバックした。
 そうだこの人、一昨日のニュースに映っていた機構対策部のSランクだ。というか、よくテレビに映るし特徴的な名前が多いせいでSランクの対策部メンバーはうっすらと顔を覚えている。

 何せ、機構は大きな組織。それぞれ部門ごとに担当する事柄が変わってくる。「避難誘導部」、「放送連絡部」、「相談窓口」――
 とにかくたくさんだ。その中でも花形と呼ばれるのが「異形対策部」。小学生くらいまでの子供ならヒーローだとでも呼ぶような存在。人を襲う異形の化け物と戦う正義の味方。当然、常に現場にいるようなものなので大規模な被害が出た時、やって来るテレビ局の放送でチラッと出演する事もままある。
 また、対策部に限らず機構にはキャリアを示すランクがある。対策部のSランクと言えば直接異形をぶん殴る花形中の花形だ。当然、守られている側の一般人にも、カッコいいもの大好きな子供にも人気。
 ――しかしこの人、何でわざわざ私の面接を……。アルバイトなんて気に掛ける必要性は無いのでは?
 そう考えた直後、まるで思考を読み取ったかのように光明院日向が口を開く。

「いや実は俺の部下が増えると聞いたからな。直々に面接をしてみる事にした。なるほど、俺には向かない仕事のようだ。と言うわけで、君の仕事は俺の補佐になる」
「はい」
「話は錦氷弟と赤錆くんから聞いているぞ。採用で!」
「……はい?」

 ――いや面接は!? 何にも聞かれてないけども?
 疑問顔をした出雲に対し、同じく彼もまた疑問そうな顔をしている。

「いやあの……面接はどうなったのでしょうか?」
「ああ、履歴書を見ているからな。問題無い」
「……? 履歴書? 不要だって仰いましたよね?」
「んん?」

 まさかの履歴書忘れで面接不採用になっては馬鹿馬鹿しい。普通に考えてバイトの面接に履歴書は必要だろうと言われてしまえばそれまでだが、断じて履歴書は要らんと言われた旨を押し通していきたい。
 きょとんとしている光明院日向に、慌てた様子で先程の女性が言い募る。

「日向さん! 履歴書、不要って伝えてます」
「そうなのか。まあ、出雲、お前の人となりはよく知っている。履歴書なんて紙の無駄遣いだな。気にしなくて良いぞ」
「いやあの、初対面……」
「なるほど、それもそうだ! なら、初対面だがまたよろしく頼む」

 凄く矛盾を孕んだ一言を投げかけられた。何だ、初対面でまたよろしくって。どういう状況なんだ、いったい。