1話 アルバイト先の先輩がやたらと前世の話をしてくる

04.たまに訪問してくる七芭さん


「ああそういえば。バイトを始める事にしたから」
「バイトぉ? お前の無駄に金持ってる親父からせびればいいじゃねぇか」
「親の脛齧りとか引くわ。取り敢えずマンションの家賃は自分で払わないと。別居するのってお金掛かるし」
「あのデカい家に住んどきゃこんな事にはならなかったってのによ」

 ブックくんの言葉を無視。購入したソファに身体を沈める。
 確かに実家へ戻るのも手だ。しかし、大変気まずい。養父と出雲の関係性は家族愛のあるものではなかった。愛が欲しい、などとは言わないが。金だけ与えて養子を野放しにする、ほぼ他人の養父の家に住み続けるのは気を遣う。自分のテリトリーではないので心が安まる暇が無い。

「で? お前何のバイトするんだよ。間違ってもバイト先の上司に喧嘩売ったりするなよ」
「しないよ。嫌になったら辞めるだけ。一応、蒼灼達がやってる機構のバイト? の面接を取り付けて貰ったかな」
「へえ?」

 含みのあるブックくんの言葉に眉根を寄せる。挑発するような響きは不快だ。

「何? 言いたい事があるならハッキリ言って」
「別に。何か楽しい事になるかもしれないな、とは思う。いっそ、そのまま機構に就職すれば?」
「短絡的が過ぎる」

 話をしていると、不意に玄関のドアがガチャガチャと鳴った。鍵を開ける音だ。途端、先程まで饒舌に話していたブックくんが沈黙する。世間一般的に見て、喋る本が普通は存在しない事を理解しているようだ。

 かくして、部屋に侵入して来たのは知っている顔だった。

「あら? 出雲ちゃんったら、もう学校から帰っていたのね」
「こんにちは、七芭さん」

 薄く笑う目の前の女性に小さく溜息を吐く。
 彼女は養父の仕事の部下だ。家政婦でも使用人でもない。養父からの指示なのか、こうして週に2~3回くらいの頻度でマンションに来ては、掃除をしたり夕飯を作って帰って行く。控え目に言って、会社員のする仕事では無い。

 そして完全に個人的な事情とはなってしまうが、どうも彼女の事は苦手だった。具体的な理由は無いのだが、そう、蛇のようにヌメッとした視線。さらには生理的嫌悪も覚えてしまう。
 無論、彼女に何かされたという過去は一切無い。完全に出雲自身が悪いのだが、申し訳無い事にこの先も彼女とは相容れない気がしてならない。

 それを分かっているのかいないのか、七芭はとにかくよく出雲に構ってきた。嫌がる様子を見て楽しんでいるようなので、余計に質が悪い。

 ふふふ、と怪しげな笑みを浮かべた七芭がここぞとばかりに声を掛けて来る。

「学校はサボり?」
「……今日は私、この後家にいるので。七芭さんも気にせず帰って貰って結構ですよ。というか、別に掃除なんかしに来て貰わなくて平気です」
「遠慮しているの? 良いのよ、気にしなくて」

 ――いや遠慮とかじゃなくて。あなたがここにいると、私が寛げない、つってるんだけど。
 心中の苛立ちは彼女に届かない。否、届いても受け取って貰えない。

 まるで人の良さそうに見える笑みを浮かべた七芭は、今度こそ家主の言葉など聞かずに掃除を始めてしまった。人の家の掃除機を勝手に使い、特に汚れている訳でも無い部屋の掃除をする。理由は今を持ってもなお、不明だ。

 ***

 七芭が掃除を終えて帰った後。暇を持て余した出雲はソファで転た寝していた。宿題どころか授業すら受けていないので、帰宅した所でやる事も無い。
 まどろみに身を委ねる時間が終わったのは、午後5時。スマートフォンの着信音により、眠りの世界から引き上げられる。

「――……はい」
『あ、出雲? 蒼灼だけど、寝てたの?』

 電話口から響いて来たのは朝会った友人の一人、錦氷蒼灼の声だ。途端、まだ半分寝ていた頭が強制的に覚醒する。寝起きの掠れた声をものともせずに応じた。

「うんうん。どうかしたの?」
『朝言ってたバイトの件で電話したんだけど』
「ああ、ありがとう。それでどうなったの?」
『面接の日取りが決まったんだ。今日今から、もしくは明日放課後ね』
「今から?」

 確かに学生の放課後バイトなら、今からが本番だろう。蒼灼の言う事はおかしくないが、それにしたって履歴書などまだ書いてすらいない。

「蒼灼、私何も準備していないんだけど、何か必要な物は? 履歴書とかも勿論要るんだよね?」
『履歴書……。そういえば必要な物聞いてなかったな。ちょっと待って』

 蒼灼が走って行く音が聞こえる。そのまま、電話口からは恐らく暖真の声と知らない男性の声が交互に聞こえてきた。上司に必要な物について判断を仰ぎに行ったのだろう。