1話 アルバイト先の先輩がやたらと前世の話をしてくる

02.バイト探しの梅雨・下


 出雲、とそれまで黙っていた蒼灼に呼ばれ顔を上げる。彼はルーズリーフを1枚その手に持っていた。

「リスト要求されると思って。さっきからずっと準備してました」
「有能」

 彼がリストと評した紙には比較したいと思っていた、バイトを必要としている部門の名称、時給、勤務時間、加えて簡単にどんな仕事をするのかが書き込まれている。流石は几帳面。
 色々人材を求めている部門はあるが、結果から言えば「対策部」の補佐的なアルバイト以外は標準的な時給だった。というか、対策部の求めるバイトだけ異様に時給が高い。確実に何か裏があるのが分かる。しかし、蒼灼の言う通りかなりの高時給。
 そして何より――凄く、凄く推されているのが分かるのが不気味だ。いくら付き合いの長い友達とはいえ、どこでも一緒という訳では無い。無いのに、このバイトにした方が良いぞと強く主張されている気がする。

 ここで一旦、今までの情報を脳内で整理する。前提として、バイトをする目標としては来年の4月から始まる新生活で慌てないようにする事。一定の貯金をする事が目的だ。即ち、血反吐を吐く程、バイトに打ち込む気は微塵も無い。生活が懸かっていないからだ。最悪、実家に戻るのも手。裏を返せば死ぬ気で働いて実家暮らしをキャンセルしたいという熱意は無い。

 なので、時給は高ければ高い方が良いが、ブラックバイトであれば、そのバイトをするつもりはない。ブラックだったら辞めれば良いのだが、面接からバイト開始、そして辞めるまでの期間を考えるとブラックバイトなどやるだけ無駄。その分の時間を完璧に無駄に過ごす事になる。
 なのでやはりブラックな仕事内容であれば辞退したい所だ。金を稼ぐ行為の神髄は効率化。無駄なアクションは1つずつ削る必要がある。

 では、この明らかに罠と思われる機構のバイト。これはマズいだろと辞退するべきかと言えば、そうではない。
 これは友人2人の反応を見て、すぐに却下しなかった。

 錦氷蒼灼は大変真面目な学生だ。好青年という単語を具現化したような存在と言える。そんな彼が、死人が出る程過酷な職場を友達に勧めるか? 答えは否。危険なバイトを嬉々として勧めてくるような性格ではない。
 そして赤錆暖真の反応も顕著だ。彼は人は良いが、堪え性は皆無。無理なものは無理と主張出来る人物なのだ。そんな彼が2年続いているバイト。大した労働量ではない可能性が高い。

「おーい、出雲ちゃーん……? 何か恐い顔して固まっちゃったけど。どうするよ、蒼灼」
「分給とか、残業手当がアルバイトにも適用されるかとかを考えているんじゃないかな? 邪魔しちゃ悪いよ」
「目の付け所が高校生のそれじゃないよぉ! もっと気楽に生きればいいのに」
「時間を無駄にすると死ぬ病気に掛かってるから、出雲は」
「そんな病気になったら俺、もう既に何十回死んでるか分からないんだけども!!」

 ――いや、とにかく面接だけでも受けてみよう。時給はこれだけあるんだから、月の途中で辞めてもある程度手元に給与が入る。当たりならこの後、バイトの転職はしなくて良いんだし。
 そう決めた出雲は手を打った。何事かを決めたと察したのか、友人達の視線が再度集まる。

「面接だけでも受けてみる。ヤバい仕事だったらすぐに辞めるけど」
「じゃあ俺が今日、バイトへ行った時に先輩へ話をしておくよ。あ、ところで出雲。他にバイトの面接受ける?」
「え? 何で?」
「や、他のバイト受けるなら先輩にそう伝えておかないと。採用に関しては早めにお返事お願いしますって」

 蒼灼の言葉に一瞬だけ考え、すぐに首を横に振った。

「いや、受けない」
「え。俺が言うのも何だけど、バイトって何個か面接に行くものじゃないの?」
「落ちないから。平気」
「うーん、まあ、君ならそれで良いのかもね。それに、まあ、このバイトは……出雲なら絶対に落ちないから、大丈夫か」
「友達紹介ってそんなに有能なの?」

 人手が足りていない可能性を考慮したが、この時給だ。入りたい学生は多いと思う。あと、友達紹介制度が心配で仕方が無い。そんなに雑で大丈夫か。

 が、考えても仕方が無いので出雲は自席から立ち上がった。暖真が首を傾げる。

「え? もうすぐ授業始まるけど? どこ行くんですかねえ……」
「どこって、自宅に帰るけど。もうやる事終わったし」
「授業が! 残ってるから!!」
「出席取らないじゃん。要らない要らない」
「まだ10時なんだけどぉ!」
「好成績の成績表と卒業証だけあれば何の問題も無し。帰りまーす」

 学校では出席を取らない。点呼はするが、出席をいちいち記録したりはしないのだ。
 かなり昔は出席日数という単語が存在し、それを満たせない生徒は留年、などという制度があったらしいのだが廃止された。というのもこのストレス社会、ストレスによって生み出される化け物である異形が蔓延る不毛地帯だ。昼夜問わず、常に現れるそいつらのせいで、どうしても学校に登校出来ない生徒が多くなる。
 出席日数など記録していては大半の生徒が卒業出来なくなるのだ。留年する事より、自分の命が大事なので仕方が無い。
 現に、教室を見回してみると埋まっていない席が散見される。登校しなかったのか出来なかったのかは不明だが。

 とはいえ、テストで赤点を取れば勿論留年するので授業をサボるなら計画的に。これは以前、学校の先輩が言っていた言葉だ。

「それじゃあ、お疲れ様」
「あ、出雲! バイトの件、決まったら連絡するから!」
「ありがとう、よろしく」

 出雲は教科書の入っていない学生鞄を掴み、早々に教室を後にした。止める者は当然いない。