1話 アルバイト先の先輩がやたらと前世の話をしてくる

01.バイト探しの梅雨・上


 高校2年生から3年生に上がったばかりの梅雨。教室へやって来ていた榊原出雲は憂鬱そうな溜息を吐いていた。なお、天気は久々の快晴で非の打ち所が無い。
 溜息を受けて一緒に話し込んでいた中学時代からの友人達の視線が向けられた。言いたい事があるなら言っていいよ、そんな雰囲気に押され、出雲は口を開く。

「いやさ、アルバイトを始めなきゃいけなくなった訳」
「何でまた」

 疑問符を浮かべて首を傾げたのは友人の片割れ、錦氷蒼灼だ。何とも珍しい名字である。聞いた人間が軒並み引く程友達の少ない出雲の、胸を張って友達と紹介出来る相手の一人だ。
 一瞬だけ蒼灼を観察した出雲は事情をポツポツと説明する。

「ほら、去年から私、独り暮らしを始めたでしょ?」
「ああ。養父さんの家で暮らすのが落ち着かないって話だったね」
「そうそう。それで、高校卒業までの独り暮らし分家賃はその養父が払ってくれる事になってるんだけど、卒業後は自費なんだよね。進学するにしても、就職するにしてもマンションの家賃を払わなきゃいけなくなるんだよ」
「そうだけど、まだ3年の6月だよ?」
「来年になってバタバタしない為にも、貯金をしたい。進路決めてないけど」
「まあ確かに新生活を送る事になるし、早めに手を打ってお金を貯めておいた方がいい、のかな? 俺は実家暮らしだから何とも言えないけど」

 というかさ、とここでずっと黙っていた赤錆暖真が口を開く。彼もまた、数少ない友人だ。

「お父さんと交渉して大学生活1年目まで面倒見て貰った方が良い奴じゃんかそれ……。家賃ってクッソ高いんでしょ? 俺知ってるよ、そういうの。バイト先の先輩がモヤシしか食うモンねぇつってたもんよ」
「それはその先輩の金銭管理がなっていないからでは? バイトやってんのにモヤシ生活とか控え目に言って、無いです。どんな生活送ってんだよ」
「辛辣ぅ!!」
「それに、うちの養父、その、あんまり人がよさそうじゃないっていうか。何か連れてる部下って人達もアレな感じだし」
「あー、そうだったっけ? お前さ、割と親に恵まれないよな」
「割とも何も、親なんて人生でそうたくさんいないでしょ」

 出雲と話をしていた暖真が蒼灼に話を持ち掛ける。

「蒼灼、俺等もやってるバイト、出雲も紹介しようぜ。俺達があのバイト出来てるんだから、出雲なら楽勝でしょ」
「放課後だけで良いし、破格の時給だし。向いているかもしれないな」

 そういえばこの2人、高校に入ってすぐ同じアルバイトを始めたのだった。当時はバイトをする必要性が無かったので、執拗にバイト始めようと言ってくる2人にお断りをし続けた。
 真面目な蒼灼はともかく、メンタルがウサギくらい脆い暖真まで続いていたのは驚きだ。音沙汰無いのでとっくに辞めたものと思っていた。

 が、破格の時給、という言葉はかなり魅力的だ。世のアルバイトなんて大半が使い捨て。お小遣い稼ぎの学生で多くは構成されている。そんないつ辞めて貰ったって構わない労働者に、破格と言わしめる程の時給。とても、非常に、それはもう大いに惹かれる響きである。

「そのバイト、気になるんだけど。何のバイトしてたんだっけ?」
「興味無い事忘れるの早すぎるだろ。前にも言ったけど、機構で異形を討伐する対策部の補佐的なバイトだって!」

 ああ、と暖真の言葉に眠っていた記憶を呼び覚ます。そういえば、1年生の頃にそんな話を聞いた気がする。もう忘れてしまっていたが。

 機構、というのは正式名称を「異形対策機構」という。かなりザックリ説明すると、異形という化け物を討伐し国から給料を支払われている組織だ。全国各地に支部と呼ばれる拠点が点在し、何とこの付近には本部もある。
 恐らく彼等がやっている対策部補佐的なアルバイトとは、実際にその化け物と対峙する対策部からの報告書をホッチキスで留めたりだとか、そんなお仕事だろう。国営なのでバイト代が高いのかもしれない。

「いいね。正直、やれば何でも出来るから短時間で多く給与が貰える職場が良いわ」
「出たよハイスペック。でも大丈夫! 出雲に出来ない仕事は誰にも出来ないからね! 良い異能も持ってるし、一番高い職種のアルバイトが出来るはず!」
「職種によって時給違うのか。後でリストアップして欲しいわ。コスト面とか考えたい」

 異能、というのは人間が3つまで持てる特殊な技能のようなものだ。例えば水を操ったり、或いはパイロキネシスの類いであったり。被りはあるが、人の数だけ異能の数があると言っても差し支えないだろう。
 そしてこの異能、大抵の人は何を持っていようがあまり関係が無い。関係があるのは機構の対策部であったり、暴力を生業にしている連中だったり、そんなものだ。であるからこそ、バイトの話をして異能の使い勝手の話をされると身構えてしまう。確実に危険な職業だろうと。