5話 供花の館

13.日記『天国への階段』


 ***

「――トキ、今落ち着いてる?」

 地下へ続く階段を下りながら、鬱屈とした気持ちで訊ねる。現在、ミコから借り受けた懐中電灯と併せて2つの明かりを持って進んでいる状態だ。
 ミソギの唐突な問いに対し、同期はあっけらかんと応じた。

「落ち着いている。何をいきなり」
「いや、特定条件ちゃんと発動してんのかなって。今日は南雲にも苛々してたし、十束に対しては当たりが強いから、ずっと落ち着かない気持ちだったんじゃないのか心配してたんだよ」
「別に苛々していない。いつも通りだ」
「ええ? いつも血管がブチ切れそうって事? 高血圧そう」

 トキの特定条件――限り無く気持ちが落ち着いている事。それは剣道だの柔道だの、道に通じる部分がある。波風立てず、静かな湖面のような心持ちである時こそ、彼が真価を発揮する時だ。
 ただし、元の霊力値に恵まれているトキはそれが発動しているのかいないのか、傍目見ていてもよく分からないが。

「大丈夫かな、これ。もし私が死んだら骨は拾って……。こんな意味不明な場所で地縛霊とかにはなりたくない」
「というか、貴様が落ちたら漏れなく全員死ぬな。気をしっかり持て」
「掛けてくるよね、余計なプレッシャーを」

 そうこうしているうちに、長く感じた地下への階段も終わりを迎えた。むっとする、止まった空気に顔をしかめる。行き来した今だから分かるが、これは空間そのものが『キョウカさん』と対峙した時の様な緊張感に溢れているのだと思う。

 戻って来たな、と相楽が感慨深そうに呟いた。ほんの数分離れていただけだったのに、ずっとご無沙汰していた気分になってくる。

「相楽さん、その、私達の役目って『キョウカさん』の足止めって事でオーケーですか?」
「おう、頼んだぞ。おっさんは見ての通り、いつもの如く無力だからな。お前等に懸かってる」

 そう言って自嘲めいた笑みを浮かべた相楽の胸元で白いプレートが揺れた。今、一番怪異を恐れるべきなのは誰よりも無力な彼だろうに、凛然とした態度を崩さない。まさに組織を率いる者の姿だ。
 ――普段はくたびれたおじさんにしか見えないけれど。

 そういえば、生きた人間の人形を見て一つ思い出した事がある。
 『不幸女』――何故か生きた人間を同じ目に遭わせようとする怪異。不幸を伝染させる女性。彼女の目的は、人形にされた自分の身代わりを捜す事だったのかもしれない。日記を読んだ時に聞こえたあの声を、情報として処理するのであれば、だが。

 狂人の部屋に到着した。相楽が今度は躊躇い無くドアを開ける。何度来ても違和感のある、強烈な花の芳香。頭の芯を麻痺させるような、魅惑的で甘ったるい匂いだ。
 そこには、今し方想像していた『不幸女』の本体と思わしき人形が飾ってある。

「よし……今は、いねぇな。入るぞ」
「入り口から出て来るんでしょうね……。2階の時みたいに」
「お、恐ろしい事を言うんじゃねぇよ!」

 ゆっくりと確かめるように部屋の中へ入る。花の匂いが一層強くなった。

「一……二……三。いや、こいつはマネキンだな。人間が使われてる人形は、2つか」
「思っていたより少ないですね。日記の文を見る限り、かなりの人間が『豚男』に攫われているようですが」
「お前、冷静に恐い事言うなよ……」

 相楽の抗議など気にする様子も無く、トキはもう一度「数が少ない」、という言葉を独り言のように呟いた。
 そういえば、行方不明者達も――じっくりと観察した訳では無いが、何か人形のように加工されていた訳では無かった。やはり、八代京香がすでに死亡した人物なので、直接的には死体に何か細工をする事が出来ないのだろうか。

「――まあ、怪異に常識を求めるのは常識的に考えて、非常識だわな。とにかく、俺等は『供花の館』について調べられる事を調べねぇと」

 調べられる所を調べ始めた相楽。一緒に物色すべきか迷ったが、手掛かり探しに夢中になってしまえば『キョウカさん』を見落としかねないので、探索は彼に一任する事にした。

「お、日記発見。これで4枚目か」

 相楽が持っていた『落とし物』を脇に置いて片手で紙を持ち、懐中電灯で照らす。

『素晴らしい素材を発見した。あの豚に攫って来て貰おうと思ったが、そういえば警察に捕まって首を吊ったらしい。肝心な時に使えない男だ。仕方が無いので、私は少女との接触を試みた。警察は度重なる誘拐事件で気が立っている、今は人攫いが難しい。どうにか、彼女を館へ連れて帰れないだろうか。

 カウンセラーを装って少女と面識を持つ事に成功した。彼女はどうやら学校生活が上手くいっていないようで、よく私と話をしに来た。人に優しくされる事が少ないようで、少し優しい言葉を掛けてあげればすぐに懐いた。ああ、これなら館へ呼べそうだ!

追記
 パーツが足りない。どれも彼女には相応しくない。そういえば、少女の為に墓を作ってあげた。本当に可憐な少女だ、両親が捜しているらしい。面倒だ』

「階段だ!」

 思わず叫んだ。間違い無く、それは階段の先にあった墓を示している。と、同時に八代京香が『少女』に執着していた事も伺える日記だ。